ユクエピラチャシ跡:日本一寒い町に残る、アイヌの首長が築いた「白い砦」
北海道東部、十勝総合振興局管内の足寄郡陸別町。利別川沿いの段丘上に、いまも凛とした姿をとどめる国指定史跡があります。ユクエピラチャシ跡(ゆくえぴらちゃしあと)は、北海道内でも最大級の規模を誇るアイヌ期のチャシ(砦)跡です。およそ450年前、16世紀中頃にこの地のアイヌの人々によって築かれたとされ、三つの郭が連結した壮大な構造と、火山灰によって真っ白に輝くその姿は、北海道の長い歴史を雄弁に物語っています。
立地するのは、「日本一寒い町」として知られる陸別町。本州ではなかなか味わえない厳しい自然と、清澄な空気のもとに広がる星空、そしてアイヌ文化の確かな足跡──。この三つが同時に体感できる場所として、ユクエピラチャシ跡は近年、静かに注目を集めています。
チャシとは何か
「チャシ」とは、アイヌ語で「砦」「柵」などを意味する言葉で、その用途は防御施設にとどまらず、儀式や交渉の場、首長の居館、見張り所など多岐にわたっていたと考えられています。北海道を中心に、千島・樺太など周辺の地域でも確認されており、丘陵の先端や河岸段丘、岬など、自然の地形を巧みに利用しながら、壕(ほり)や土塁を組み合わせて築かれるのが一般的でした。
築造の時期は主に16世紀から18世紀にかけてで、日本本州では室町時代末期から江戸時代にあたります。北海道内には数百を超えるチャシ跡が確認されているものの、本格的な発掘調査と整備が行われ、国の史跡に指定された例はごく限られます。ユクエピラチャシ跡は、その中でも特に規模・遺物量ともに屈指の存在として知られています。
歴史的背景
ユクエピラチャシ跡は、利別川右岸の比高約50mの段丘上、現在の陸別町字トマムに所在します。築造は16世紀中頃と推定され、当時この一帯は十勝と釧路の境となる重要な交通の要衝でした。アイヌの伝承では、リクンベツ(陸別)の首長であった「カネラン」が築いたと伝えられ、別名「カネランチャシ」とも呼ばれています。
このチャシは前近代の地誌や紀行類にはまったく登場しません。明治24年(1891)に河野常吉らが当地を訪れ、論文の中で初めて学術的に紹介したのが、文字資料に残る最初の記録です。その後、研究が進むにつれて評価が高まり、昭和50年(1975)に陸別町文化財および北海道文化財に指定、続いて昭和62年(1987)9月8日に国の史跡として正式に指定されました。
なぜ国の史跡に指定されたのか
ユクエピラチャシ跡が国指定史跡となった理由は、いくつもの突出した特徴にあります。第一にその規模です。盛土を含めた遺跡全体は長軸約128m、短軸約48m。中央の半円状の壕は、長さ約100m、幅約6m、深さ約3mにも及び、北海道のチャシとしても最大級の規模を誇ります。
第二に、計画性の高い三郭連結式の構造です。崖際に沿って三つの郭が連結し、壕と盛土を巧みに組み合わせて配置された姿は、設計と労働力の組織化なしには成立し得ないもの。当時この地に有力な指導者がいて、相当な人数を動員して築造したことを物語っています。
第三に、出土遺物の質と量です。発掘調査ではエゾシカの骨を中心に、鉄器、骨角器、銅製品、漆器、本州産の陶磁器、ガラス玉、銭貨など、合わせて10万点以上の遺物が確認されました。そのおよそ8割をシカの骨が占めており、「シカ・食べる・崖」という遺跡名の通り、この場で大量のシカを捕獲し食していたことが裏付けられています。本州産の陶磁器や銭貨の存在は、当時のアイヌ社会が本州との交易を活発に行っていたことも示しています。
指定基準は「二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡」で、指定地は合計約73,997.86㎡に及びます。
魅力と見どころ
真っ白な盛土──「白いチャシ」
ユクエピラチャシ跡を最も印象づけるのが、丘陵を覆う真っ白な盛土の姿です。築造当時、人々は壕を掘る際に出てきた白い火山灰とロームを丁寧に重ねて土塁を構築し、その表面を最も白い火山灰で覆いました。築かれた当時、利別川の谷を見下ろすこのチャシは、白く美しく光り輝く存在であったと考えられています。陸別町教育委員会は平成14年度(2002)から平成20年度(2008)にかけて整備事業を実施し、発掘調査で得られた情報をもとに、当時と同じ火山灰を用いて盛土を復元しました。遠くから眺めると、真夏でも雪が残っているように見える、まさに「白いチャシ」が現代によみがえっています。
利別川の谷を一望する大展望
標高約250m、比高約45〜50mの段丘上に築かれたチャシ跡からは、陸別市街と利別川の谷を一望できます。整備事業によって設けられたビューポイントからは、三郭が連なるチャシの全景を眺めることができ、そこからウッドチップが敷き詰められた園路を辿って、郭の近くまで歩いて行くこともできます。
郭の中へ──壕に囲まれた静寂
整備された史跡としては珍しく、チャシの内部にも自由に立ち入ることができます。白い土塁に囲まれた郭の中央に立ち、風が草を渡る音だけを聞いていると、ここでカネランをはじめとするアイヌの人々が交易や儀式、寄り合いを行っていた450年前の情景が、不思議とすぐ近くに感じられます。
関寛斎の顕彰碑と関神社跡
同じ丘の上には、明治の医師であり陸別開拓の祖でもある関寛斎(せきかんさい、1830〜1912)の顕彰碑と、かつての関神社の小祠が残されています。寛斎は千葉県東金の出身で、戊辰戦争では野戦病院で指揮を執るなど医療の第一線で活躍したのち、72歳という高齢で家族とともに陸別の原野に入植しました。彼はこのチャシを重要な史跡と捉え、保存にも力を尽くしたと伝えられています。アイヌ文化の遺構と、近代の開拓者の足跡が同じ丘の上で出会う──そんな重層的な歴史を体感できることも、この場所ならではの魅力です。
周辺情報
銀河の森天文台
チャシ跡から車で約5分、徒歩でも約30分の距離にある「銀河の森天文台(りくべつ宇宙地球科学館)」は、一般公開型として日本最大級の口径115cm反射望遠鏡を備えた天文台。陸別町は環境省より「星空の街」「星空にやさしい街10選」に選定されるほど夜空の透明度が高く、国内では珍しくオーロラが観測されたこともある特別な場所です。
道の駅オーロラタウン93りくべつ
チャシ跡から約640m、徒歩約8分。旧ふるさと銀河線の陸別駅舎を再利用した道の駅で、観光物産館と関寛斎資料館を併設しています。鹿肉製品や山菜などの陸別の特産品が並び、2階には宿泊施設も整っています。資料館では関寛斎の生涯と、ユクエピラチャシ跡の出土資料の一部を見ることができます。
ふるさと銀河線りくべつ鉄道
2006年に廃線となった旧ふるさと銀河線の線路約500mを活用し、4月から10月にかけて運転体験やトロッコ乗車体験が楽しめます。鉄道ファンはもちろん、ご家族連れにも人気の体験スポットです。
「日本一寒い町」を体感する
陸別町は富士山を除けば日本で最も寒い気象観測地点。1月の日平均気温はマイナス11.1℃に達し、近年でもマイナス30℃を下回る記録が複数残っています。毎年2月初旬に開催される「しばれフェスティバル」では、屋外で氷の建造物が組まれ、極寒の屋外で一夜を過ごす「人間耐寒テスト」が名物となっています。450年前にカネランたちが暮らした自然の厳しさを、今もそのままに体感できる土地です。
Q&A
- 「ユクエピラ」とはどのような意味ですか?
- アイヌ語の「ユク(鹿)」「エ(食べる)」「ピラ(崖)」に由来し、「鹿を食べる崖」、あるいは「鹿が餌を食べる崖」といった意味と解釈されています。発掘調査では大量のエゾシカの骨が出土しており、その名の通り、ここでシカを捕獲し食していたことが裏付けられています。
- 陸別の中心部からのアクセス方法を教えてください。
- 道の駅オーロラタウン93りくべつ(旧陸別駅)から徒歩で約15分、車では約10分の距離にあります。国道242号を陸別市街地南端から道道502号線へ入り、新町団地交差点を直進して林道を進み、案内板に従って砂利道を上ると駐車場に到着します。冬期は雪と凍結があるため、足元と防寒の準備が必要です。
- 見学に料金や開館時間はありますか?
- 陸別町教育委員会が管理する屋外の史跡として整備されており、見学は無料、時間の制限もありません。ただし現地にはトイレや売店はないため、訪問前に道の駅などで済ませておくと安心です。
- 訪問におすすめの季節は?
- 5月から10月の晩春〜秋がもっとも訪れやすく、緑の芝に白い盛土がよく映えます。秋は周囲の紅葉と組み合わせて美しい眺めを楽しめます。冬は雪に覆われた荘厳な姿と、銀河の森天文台での星空観察を同日に楽しめる魅力もありますが、極寒となるため十分な防寒対策が欠かせません。
- 出土遺物はどこで見られますか?
- 出土した10万点以上の遺物の一部は、陸別町公民館および道の駅オーロラタウン93りくべつ内の関寛斎資料館で展示・所蔵されています。鉄器、陶磁器、ガラス玉、そして遺跡名の由来となったエゾシカの骨などを見ることができます。
基本情報
| 名称 | ユクエピラチャシ跡(別称:カネランチャシ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(昭和62年〈1987〉9月8日指定) |
| 指定基準 | 二.都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡 |
| 時代 | アイヌ期(16世紀中頃、約450年前) |
| 構造 | 三郭連結式チャシ。半円状の外壕は長さ約100m、幅約6m、深さ約3m。盛土を含めた遺跡全体は長軸約128m × 短軸約48m |
| 指定面積 | 約73,997.86㎡ |
| 所在地 | 〒089-4300 北海道足寄郡陸別町字トマム2-2 |
| 管理団体 | 陸別町(平成5年〈1993〉3月22日指定) |
| アクセス | 道の駅オーロラタウン93りくべつ(旧陸別駅)から徒歩約15分、車で約10分。国道242号・道道502号線経由 |
| 見学料 | 無料/通年開放 |
| お問い合わせ | 陸別町教育委員会(TEL:0156-27-2141) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「ユクエピラチャシ跡」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/70
- ユクエピラチャシ跡(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209410
- 国指定 史跡ユクエピラチャシ跡について(陸別町公式サイト)
- https://www.rikubetsu.jp/kyoiku/syakaikyouiku/yukuepira/
- ユクエピラチャシ跡(北海道文化資源データベース)
- https://www.northerncross.co.jp/bunkashigen/parts/10646.html
- 陸別町(Wikipedia)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/陸別町
- 銀河の森天文台(陸別町公式サイト)
- https://www.rikubetsu.jp/kanko/ginganomori/
- ユクエピラチャシ跡(ゆくえぴらちやしあと)とは?(コトバンク/日本歴史地名大系)
- https://kotobank.jp/word/ゆくえぴらちやし跡-3240014
最終更新日: 2026.05.15