旧ハッサム住宅

建物の前庭に、煉瓦造りの煙突が横たえて置かれている。1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で屋根から落下したもので、神戸市は元に戻さず、落ちた姿のまま庭に残した。背後に建つ旧ハッサム住宅は1902年(明治35年)の竣工。神戸で活動した貿易商J.K.ハッサムが、自邸として建てたものである。

木造2階建て、寄棟造りで屋根は桟瓦葺き。建築面積はおよそ173.6平方メートルある。神戸の人々が「異人館」と呼ぶ、明治期に外国人居留地周辺へ建てられた洋風住宅の一つだ。ただしこの家は、もともとの敷地には建っていない。1963年(昭和38年)以降、神戸市中央区の日本庭園・相楽園の一角に移されており、淡い色の下見板張りの外壁と深いベランダが、池泉回遊式の庭と樹齢500年と伝わる大クスノキのそばに収まっている。

北野の高台から相楽園へ

ハッサムが家を構えたのは、旧居留地の上手にあたる北野町の高台だった。各国の商人が居を構えたこの一帯には、明治期に宝石や真珠を扱うインド系の貿易商も少なくなかった。ハッサムもそうした商人の一人で、出自はインド系、国籍はイギリスと伝わるが、人物の詳細はほとんど記録に残っていない。

設計者には、イギリス人建築家アレクサンダー・ネルソン・ハンセルの名が記録されている。ハンセルは1888年(明治21年)に神学校の教師として来日し、のちに建築家へ転じた人物で、神戸では旧シュウエケ邸や萌黄の館(旧シャープ邸)など数多くの洋館を手がけた。南面に広いベランダを開き、窓の開口を大きく取る。温暖湿潤な気候に合わせたこのコロニアル様式は、旧ハッサム住宅にもはっきりと現れている。

所有者は時代とともに移り変わった。20世紀半ばには神戸回教寺院が所有していたが、1961年(昭和36年)に神戸市へ寄贈される。2年後の1963年、市は建物を解体して相楽園内へ移築した。相楽園は1945年(昭和20年)6月の空襲でほとんどの建物を失っており、この家の移築は、かつての景観を取り戻すうえでも意味を持った。

重要文化財に指定された理由

指定は移築の少し前、1961年6月7日のことである。文化庁の解説は「神戸の外人住宅のすぐれたものの一つ」と簡潔に記す。評価の核もそこにある。20世紀初頭の神戸の外国人街を特徴づけたコロニアル様式の商人住宅として、保存状態が良く、まとまりのある一棟だという点だ。

神戸の異人館には、改装や商業化、観光向けの建て替えを経たものが少なくない。旧ハッサム住宅は建物のプロポーションと細部をよく保ち、移築後も内部が丁寧に保存された。当時の住まいの実像が伝わる理由は、そこにある。

見どころ

南面が、この建物の見どころを集めている。1階は連続するアーチを並べたアーケード式、2階は細い柱を連ねたコロネード式。2階ベランダの柱を見上げると、柱頭にアカンサスの葉をかたどった飾りがある。地中海から遠く離れた木造の家に置かれた、古典の意匠だ。

外壁は横板を重ねた下見板張りで、オイルペイント塗り。これは異人館に共通する仕上げである。正面からは張り出し窓(ベイウインドウ)が突き出し、開口には鎧戸が添えられ、その上を浅いペジメント(切妻)が飾る。どれも大げさではない。各部が無理なく組み合わさって、商人の家族が実際に暮らした住まいになっている――その自然さが、この家の魅力だ。

内部は、1階に応接室・居間・食堂など客を迎える部屋を置き、寝室など私的な空間は2階にまとめている。公開時には、当時の写真や資料が室内に展示され、ボランティアガイドが質問に答えてくれる。前庭には、落下した煙突の脇に1874年(明治7年)頃のガス灯が立つ。かつて旧居留地の街灯として用いられたもので、日本に現存するガス灯のなかでも最古級とされる。

映像作品の舞台にもなった。2016年のNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』では、スコットランド人夫妻の住む洋館として使われている。

相楽園と周辺

相楽園は、近代神戸の実業家・小寺泰次郎の本邸に営まれた庭園が始まりである。旧三田藩士から身を起こした小寺が、明治18年頃に築造へ着手し、明治末期に完成させた。1941年(昭和16年)に神戸市の所有となり、中国の古典『易経』の一節にちなんで「相楽園」と名づけられ、一般公開が始まる。2006年(平成18年)には景観の価値が認められ、国の登録記念物(名勝地)に登録された。

敷地の中心をなす池泉回遊式の庭園は、飛石や石橋を伝って歩くうちに、流れや小さな滝が深山幽谷の風景を見せるよう構成されている。入口近くには樹齢およそ500年と伝わる大クスノキがそびえ、蘇鉄の林や、春に人を集めるツツジの植え込みも控える。

園内には、旧ハッサム住宅のほかにも重要文化財が二つある。1階を煉瓦造、2階をハーフティンバーとする1908年(明治41年)築の旧小寺家厩舎は、この地で戦災を免れた数少ない建物だ。船屋形は1682年から1704年の間に造られた屋形船の屋形部分で、垂水区から移された。いずれも旧ハッサム住宅と同様、ふだん内部は公開されないが、庭園の景観の一部をなしている。

場所は兵庫県庁の北側。最も分かりやすいのは、神戸市営地下鉄西神・山手線の県庁前駅から北へ徒歩5分の道のりである。JRまたは阪神の元町駅からは北西へ徒歩10分ほど。専用駐車場はないため、公共交通機関の利用が無難だ。

Q&A

Q旧ハッサム住宅の中に入れますか。
A内部公開は春と秋を中心とした限られた期間のみで、通年ではありません。外観は相楽園の開園時間中いつでも見られます。内部公開の日程は時期により変わるため、訪問前に相楽園公式サイトで確認してください。
Q建物は建設当初の場所に建っているのですか。
Aいいえ。1902年に北野町で建てられ、1961年に神戸市が寄贈を受けたのち、1963年に保存のため相楽園へ移築されました。
Q前庭に煙突が横たわっているのはなぜですか。
A1995年の阪神・淡路大震災で屋根から落下した煙突で、震災の記録として庭に展示されています。
Q入園料はいくらですか。
A住宅単独の料金はなく、相楽園の入園料がかかります。15歳以上の大人300円、小・中学生150円です。開園は通常9時から17時で、入園は16時30分までです。
Q周辺に見どころはありますか。
A園内の旧小寺家厩舎と船屋形は、いずれも重要文化財です。北東には風見鶏の館やラインの館を含む北野の異人館街が広がっています。

基本データ

名称旧ハッサム住宅(旧所在 兵庫県神戸市生田区北野町)
所在地兵庫県神戸市中央区中山手通五丁目3番1号 相楽園内
指定区分重要文化財(建造物)/1961年(昭和36年)6月7日指定
建築年1902年(明治35年)
設計者アレクサンダー・ネルソン・ハンセル(記録による)
構造木造、二階建、寄棟造、桟瓦葺/建築面積約173.6平方メートル/1棟
所有者神戸市
公開状況外観は相楽園開園中に見学可。内部は期間限定公開
アクセス神戸市営地下鉄西神・山手線 県庁前駅から北へ徒歩5分

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)— 旧ハッサム住宅
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147441
神戸市 — 国指定重要文化財「旧ハッサム住宅」
https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/kanko/bunka/bunkashisetsu/foreigner/sub7.html
神戸市立相楽園 — 沿革・施設
https://sorakuen.com/history/
文化遺産オンライン(文化庁)— 相楽園
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140274

最終更新日: 2026.06.04