登録された、延長53メートルの境界
増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀は、兵庫県神戸市中央区北野町4-85-1の敷地南面と西面に築かれた延長53メートルの工作物で、昭和26年(1951年)に主屋とともに設けられ、平成24年(2012年)2月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
塀や石垣が単独で文化財の名簿に載る例は多くない。この石垣及び塀は主屋とは別の一件として登録されている。その理由は、下の道に立ってみるとすぐにわかる。
北野は坂である。旧居留地を見下ろす山手の斜面を切り開いた土地だから、どの敷地にも擁壁が要る。つまり、通りを歩く人の目の高さにまず現れるのは石垣なのだ。建物は視線の上にある。石積みはそうではない。
間知石谷積という積み方
下部の石垣は間知石谷積で築かれている。間知石は四角錐の先端を落としたような形に加工した石材で、表に出る面が広く、奥へ向かって細くなる。控えの部分が背後の裏込めに食い込む形だ。
谷積というのは、その石を斜めに傾けて積む手法を指す。目地が対角線方向に走るため、壁面には浅いV字が繰り返し現れる。水平の層を重ねる布積とは、見た目の印象がまるで違う。
見た目だけの選択ではない。斜めに積むと荷重が周囲のより多くの石に分散し、明治以降の土木擁壁では標準的な工法として広く用いられた。離れて見れば石垣は質感として、近づけば規則正しい幾何として目に映る。
石垣の上に載るのがコンクリート造の塀で、白く仕上げられている。天端には丸瓦を伏せて一列に並べる。白い塗り面に対して瓦の茶色が効き、この一手で塀の表情が決まっている。縁が締まり、主屋のスパニッシュ瓦と色調がつながり、雨も塗り面から切れて落ちる。
そして隅部がある。南西方から来る道が分岐する地点で、境界は直角にも隅切りにもならず、鋭角のまま弧を描いて回り込む。文化庁の解説文もこの曲面を取り上げている。現地でカメラが最も向けられるのは、おそらくここだ。
なぜ塀が文化財になるのか
登録有形文化財の制度には三つの登録基準がある。この敷地の主屋は「造形の規範となっているもの」で登録された。石垣及び塀に適用されたのは別の基準、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
この違いは、国が何を守ろうとしているかを言い当てている。石積みの技術が特別に傑出していると主張しているわけではない。この石垣と塀が失われれば北野の街路の質が確実に落ちる、という判断である。内部空間には担えない仕事を、境界の構造物が担っている。公共の通りの性格を保っているのだ。
周辺の制度もそれを裏づける。北野町・山本通の地区は昭和55年(1980年)4月10日、種別「港町」として重要伝統的建造物群保存地区に選定された。面積はおよそ9.3ヘクタール。伝建地区では町並みそのものが保護の対象になるため、塀や門、擁壁が建物と同等の重みを持つ。北野では坂井家住宅の塀など、同様の理由で登録された工作物が複数ある。
石垣及び塀と主屋は、同じ昭和26年に築かれた一組として、平成24年2月23日の第72回登録で同時に名簿に加わった。
現地での見方 ― 道に立つことが許されている
北野の登録建造物の多くと比べて、この石垣及び塀には実用上の利点がある。道から見られることを前提につくられていて、その道こそ見学者が立ってよい場所だという点だ。
主屋は現役の個人住宅で、内部の見学はできず、公開日も料金の設定もない。現地に登録を示す案内板も立っていない。一方で石垣と塀は、敷地の二面に沿って53メートル全長にわたり、正面から見学者に向き合う。南面を歩いてから西面へ回るとよい。曲面の隅部はその折り返しにあたり、道が分岐する南西側から正対して近づくときに最もよく見える。
公道からの撮影は地区の他の物件と同様おおむね問題ないが、石垣によじ登る、塀にもたれる、腰を掛けるといった行為は避け、門前も塞がないこと。
行き方は、JR三ノ宮駅から徒歩15分ほどの登り、新神戸駅からなら徒歩10分ほど。そこから北野町広場を経て西へ数分歩く。三宮からシティーループバスを使えば10分程度で坂を省ける。石垣を見るなら午前の斜光がよい。低い角度の光が目地の陰影を強め、谷積の斜めの線が読み取りやすくなる。
Q&A
- 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀とは、具体的に何が登録されているのですか。
- 敷地の南面と西面に沿う延長53メートルの境界工作物一式です。間知石谷積の石垣の上にコンクリート造の白い塀を築き、天端に丸瓦を伏せています。昭和26年の築造で、主屋とは別件として登録されています。
- 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀は見学できますか。料金は必要ですか。
- 料金は不要で、公道に面しているため時間を問わず外から見学できます。ただし内側の主屋は個人の住まいで非公開です。現地に登録を示す案内板もありません。
- 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀は、なぜ塀なのに文化財なのですか。
- 主屋に適用された「造形の規範となっているもの」ではなく、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準で登録されたためです。北野のような重要伝統的建造物群保存地区では町並み自体が保護対象であり、擁壁や塀は背後の建物以上に街路の姿を決めています。
- 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀の曲面の隅部とはどこですか。
- 南西方から来る道が分岐する地点で、境界が直角や隅切りではなく鋭角の弧を描いて回り込む部分です。文化庁の解説文もこの曲面に言及しており、南西側から正対して近づくと形がよくわかります。
- 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀へは三宮からどう行きますか。
- JR三ノ宮駅から徒歩約15分の登り、新神戸駅からは徒歩約10分です。北野町広場からさらに西へ数分歩きます。三宮からシティーループバスを利用すれば約10分で、坂道を歩かずに済みます。
基本データ
| 名称 | 増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県神戸市中央区北野町4-85-1他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成24年(2012年)2月23日登録(第72回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 石垣:石造、延長53メートル/塀:コンクリート造、瓦葺、延長53メートル |
| 所有者 | 個人(国指定文化財等データベースに記載なし) |
| 公開状況 | 公道から常時無料で外観を見学可能。内側の主屋は非公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009191
- 文化遺産オンライン「増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)石垣及び塀」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/176634
- 文化庁 国指定文化財等データベース「増田家住宅(旧モロゾフ家住宅)主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009190
- 神戸市「神戸市北野町山本通重要伝統的建造物群保存地区」
- https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/kanko/bunka/bunkashisetsu/foreigner/sub5/index.html
- 全国伝統的建造物群保存地区協議会「神戸市北野町山本通」
- https://www.denken.gr.jp/archive/kobe-kitanochoyamamotodouri/index.html
- 文化庁「重要伝統的建造物群保存地区一覧」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/judenken_ichiran.html
最終更新日: 2026.08.26