今も現役の明治のダム

新神戸駅の北側から渓谷沿いの道を30分ほど登ると、木立の奥に灰色の石積みの壁が見えてくる。五本松堰堤、通称「布引ダム」である。明治33年(1900年)に完成し、120年以上を経た今も神戸市中心部へ水道水を送り続けている。水道専用としては日本で最初の重力式コンクリートダムであり、布引水源地水道施設を構成する9件の建造物の中心をなす。この一群が国の重要文化財に指定されたのは平成18年(2006年)のことだ。

堤高は33.3メートル、堤長は110.3メートル。堤体の表面には、施工時に型枠として用いた切石がそのまま布積みで残されている。天端には小さな方形の石を連ねたデンティル(歯飾り)が並ぶ。下流側から見上げると、ヨーロッパの古い城壁を思わせる構えになっている。

水を求めた港町

慶応年間の開港以降、神戸の人口は急速に増えた。飲み水は依然として井戸に頼っており、夏になると不足し、衛生状態もよくなかった。明治23年(1890年)にはコレラが流行して多くの死者を出し、ろ過した安全な水を供給する近代水道の整備が急務となる。先行して横浜が日本初の近代水道に着手しており、神戸もこれに続いた。

基本計画を立てたのは、内務省に雇われた英国人技師ウィリアム・K・バルトンである。明治期の各地で水道整備に関わった衛生工学者だった。この案を日本人技師が、増えつづける需要に合わせて練り直し、規模を拡大した。顧問技術者の吉村長策、主任技師の佐野藤次郎、監督技師の浅見忠治の3人が設計と工事を担い、その名は堤の上部にある石造銘板に英文で刻まれている。

給水が始まった明治33年、神戸は全国で7番目に近代水道を持つ都市となった。神戸港に寄る船は、長い航海に備えて布引の水を積み込んだ。赤道を越えても腐らない良質な水として、外国人船員のあいだで「コウベウォーター」と呼ばれ評判だったという。

なぜ重要文化財なのか

山あいにこれだけの規模のコンクリートダムを築いた前例は、当時の国内になかった。資材の多くは人力で運び上げられ、技術者たちは手本の乏しいなかで施工法を一から探っていった。こうして造られた五本松堰堤は、わが国における重力式コンクリート造堰堤の出発点とされ、土木技術史のうえで高い価値をもつと評価されている。

設計上の課題のひとつが揚圧力だった。堤体の底や内部にしみ込んだ水が壁を押し上げる力で、海外では決壊事故の原因にもなっていた。これを逃がすため、直径1.5インチの鍛鉄管157本を堤体に通し、浸透水を排出する工夫が施された。なお本施設は、重要文化財に先立つ平成10年(1998年)に登録有形文化財となっている。

ダムだけではない施設群

指定の対象は堰堤本体にとどまらない。6つの堰堤・隧道と3つの橋からなる9件が、生田川に沿って上流の分水施設から下流の砂子橋まで配置されている。布引の滝のうち最も下流にある雌滝のたもとには、石積みのアーチ式ダムである雌滝取水堰堤があり、ここで取り入れた水は管路と砂子橋を経て奥平野浄水場へ送られ、今も中央区西部と兵庫区に供給されている。大正2年(1913年)ごろに加わった鉄筋コンクリート造の谷川橋は、この施設群でもっとも新しい。

訪ねるには

ここへは車ではなく、歩いて向かう。新神戸駅から整備された遊歩道を進むと、平安時代から歌に詠まれ『伊勢物語』にも登場する布引の滝を経て、30分ほどで堰堤に着く。周回路からは貯水池側と下流面の一部を眺められるが、天端は立ち入り禁止である。途中にはベンチや野鳥観察所があり、貯水池ではオシドリなどの姿も見られる。

さらに上には布引ハーブ園と、そこへ通じるロープウェイがあり、市街と港を見渡せる。秋には貯水池の周辺の木々が色づき、夜にはダムがライトアップされる。

Q&A

Qダムは今も使われていますか。
Aはい。120年以上を経た現在も神戸市中心部の一部へ水道水を供給しており、創設期の近代水道が当初の役目を続けている数少ない例です。
Qどうやって行きますか。
A山陽新幹線の新神戸駅近くから遊歩道が始まり、布引の滝を経て徒歩30分ほどで堰堤に着きます。
Qダムの上は歩けますか。
A天端は立ち入り禁止です。周回路から貯水池側と下流面の一部を見学できます。
Qいつ指定され、何が含まれますか。
A9件の建造物が平成18年(2006年)7月5日に重要文化財に指定されました。これに先立ち平成10年(1998年)には登録有形文化財となっています。
Q誰が設計したのですか。
A英国人技師ウィリアム・K・バルトンが基本計画を立て、吉村長策・佐野藤次郎・浅見忠治の日本人技師が改良・拡張しました。

基本データ

名称布引水源地水道施設
所在地兵庫県神戸市中央区葺合町
指定区分重要文化財(平成18年〔2006年〕7月5日指定)
員数9件(堰堤・隧道6、橋3)ほか附指定あり
主要構造物五本松堰堤(明治33年〔1900年〕竣工、堤高33.3m・堤長110.3m)
所有者神戸市
アクセス新神戸駅から徒歩約30分

参考文献

神戸市 布引水源地水道施設
https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/kanko/bunka/bunkazai/estate/bunkazai/syokai/nunobiki.html
神戸市 布引五本松堰堤
https://www.city.kobe.lg.jp/a83166/kanko/bunka/bunkazai/history/isan/nunobikidam.html
文化遺産オンライン 布引水源地水道施設 分水堰堤
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196720
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004100

最終更新日: 2026.06.04

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