唐破風の玄関が示す医家の格

姫路市の東寄り、御国野町深志野の集落に建つ鷹津家住宅の主屋は、正面の玄関に唐破風を掲げる。寺院の門や大名屋敷の表座敷に用いられる曲線の破風を個人の住宅に据えた例は多くない。鷹津家は江戸後期から代々医師を務めた家で、明治27年(1894年)頃に主屋を建て替えた際、その家格を屋根の意匠に刻み込んだ。

主屋は塀に囲まれた敷地の中央に南面して建つ。木造二階建、入母屋造本瓦葺で、四周に下屋をめぐらし、西側には一段低い落棟を付す。この落棟が旧診療所にあたる。建物は明治40年(1907年)に増築を受けており、道具蔵・厨及び井戸場・表門・庭門とあわせた五棟が、令和3年(2021年)に一括して登録有形文化財となった。

登録された理由

平成8年(1996年)に始まった登録有形文化財の制度は、日常の使用を続けながら国土の歴史的景観に寄与する建物を守る仕組みである。主屋は令和3年10月14日、登録番号28-0772で登録された。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。農家や商家と比べ、地方の医家の住まいが良好に残る例は少なく、敷地全体が一軒の医師の家の構えを保つ点に価値が置かれた。

内部は西を土間、東を六間取とし、上手の表側を書院座敷として客を迎える構えに整える。日々の暮らしを支える土間まわりと格式ある座敷、そして診療のための一画を一棟のうちに収めた平面は、在村の医師がどのように住み、働いたかを具体的に示す。審査でも、格調高い外観と上質な細部の意匠が評価された。

見どころ

まず玄関に注目したい。唐破風の緩やかな曲線が視線を上へ導き、この家が並の農家でないことを一目で伝える。少し離れて全体を見ると、二階部分を覆う本瓦葺の入母屋屋根、その裾を回る下屋、西へ落ちる旧診療所の落棟という構成が読み取れる。低くなった棟の線は、医業と家庭の場を分けつつ一棟につないだ工夫の表れである。

主屋は現在も個人の住宅と見られ、内部の一般公開は行われていない。したがって鑑賞の主眼は外観の読み解きにある。敷地は主屋を中心に、門や付属屋が集落の道沿いに構えを整える一群として眺めるのがよい。約40年にわたる建築と増築を通じて、一家が村の一角の景観をどう形づくったかがうかがえる。

Q&A

Q主屋はいつ建てられましたか。
A明治27年(1894年)頃の建築で、明治40年(1907年)に増築されています。鷹津家は江戸後期からこの地で医師を務めていました。
Q玄関のどこが珍しいのですか。
A曲線を描く唐破風を掲げる点です。寺院や大名屋敷に多い格式の高い意匠で、個人宅では珍しいものです。
Q西側の落棟は何に使われていましたか。
A一段低く付された旧診療所です。代々医師を務めた鷹津家の役割を反映しています。
Q内部は見学できますか。
A個人の住宅と見られ、一般公開は行われていません。集落の道から外観や屋根まわりを眺めることができます。
Q主屋だけが登録されているのですか。
A同じ敷地の他の四棟とともに、令和3年に登録有形文化財となりました。

基本情報

名称鷹津家住宅主屋(たかつけじゅうたくおもや)
所在地兵庫県姫路市御国野町深志野字北宅地586
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日令和3年(2021年)10月14日/登録番号28-0772
員数1棟
年代明治27年(1894年)頃/明治40年(1907年)増築
構造木造2階建、瓦葺、建築面積約312平方メートル
公開状況個人住宅につき一般公開なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 鷹津家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014067
文化遺産オンライン — 鷹津家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/520417
神戸新聞 — 鷹津家住宅ほかの国文化財登録に関する報道
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202107/0014508963.shtml

最終更新日: 2026.07.04