根本医院門とは

根本医院門は、茨城県桜川市真壁町真壁にある江戸時代末期の高麗門で、平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財(建造物)となった。読みは「ねもといいんもん」。医家の根本家の正門で、所有者は個人である。

文化庁の記録では、木造、瓦葺、間口2.7メートルで、左右に袖塀が付く。登録番号は08-0159。年代は江戸末期(1830〜1867年)とされ、茨城県教育委員会は文政年間(1818〜1830年)ごろの建設と伝えられるとしている。

登録有形文化財としての価値

根本医院門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、根本家が笠間藩の御殿医を務めた時期の建設と考えられ、通りの歴史的景観を形づくる建造物のひとつと評価している。

門の面する通りについて、文化庁は「上宿通り」、茨城県は真壁のかつての中心部であった「下宿通り」の北側と記しており、資料によって表記が異なる。

見どころ

文化庁と茨城県によれば、門は敷地の南端の中央付近(県は中央部西寄り)に建つ高麗門である。2本の親柱の内側にそれぞれ控柱を立て、それぞれに瓦葺の小屋根を架けた比較的簡素な形式をとる。

門の東西には黒い板塀の袖塀が付き、東側の袖塀には潜り戸がある。門も袖塀も桟瓦葺で、瓦の目地を漆喰で塗っている(文化庁)。茨城県によれば、袖塀には門と同じ形式の竪格子の欄間が使われており、門と一体で建てられたと考えられる。

見学について

根本医院門は個人の所有で、外観は通りから見ることができる。門の内側は私有地のため、立ち入らずに見学したい。公開や撮影についての公的な案内は確認できなかった。所在地は桜川市真壁町真壁202。

Q&A

Q根本医院門はいつ建てられましたか?
A文化庁の記録では江戸末期で、茨城県は文政年間(1818〜1830年)ごろの建設と伝えられるとしています。
Q根本医院門が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成16年(2004年)11月8日です。
Q根本医院門はどんな門ですか?
A親柱の内側に控柱を立て、それぞれに瓦葺の小屋根を架けた高麗門で、左右に黒板の袖塀が付きます。
Q根本家とはどんな家ですか?
A笠間藩の御殿医を務めたとされる医家で、門はその時期の建設と考えられています。
Q根本医院門は見学できますか?
A外観は通りから見られます。門の内側は私有地なので立ち入らないでください。

基本情報

名称根本医院門(ねもといいんもん)
所在地茨城県桜川市真壁町真壁202
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)11月8日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口2.7メートル、左右袖塀付
所有者個人
公開状況外観は通りから見学可

参考文献

根本医院門(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004329
根本医院門(いばらきの文化財/茨城県教育委員会)
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6385/

最終更新日: 2026.10.06