米を納めた蔵が珈琲を供する

つくば市金田、沼尻家の屋敷地の南辺近くに、妻側をこちらへ向けた小ぶりの二階建が建つ。米蔵である。江戸期以来の村役を務めた家の収穫を納めた蔵で、文化庁は明治初期、西暦一八六八年から一九一一年の間の建立と推定する。主屋の南方に南北棟で建ち、この配置が作業庭に近く、しかも居住部からは離すという蔵の合理にかなっている。

平面は桁行三間半、梁間二間半と小さく、建築面積はおよそ三三平方メートルにとどまる。床面積の乏しさを補うのが高さで、切妻造、桟瓦葺の屋根の下に二階を積む。桟瓦は明治以降の農村建築に広く用いられた平瓦である。

外壁を読む

出入りは妻入とし、戸口を長辺ではなく三角の妻面の下に開く。北面には下屋庇を差し掛け、その庇が戸口に降りかかる雨を防ぐ。

外壁には目をとめたい。軸部を塗り込めず柱を見せる真壁造とし、構造の格子が外からそのまま読める。腰を高くとった上に下見板を張り、羽重ねに横板を重ねて雨仕舞とする。同じ仕上げは北西方に建つ蔵にも見られ、明治の付属屋二棟を視覚のうえでも結びつけている。

蔵から喫茶へ

農家がこの規模で米を蓄えなくなると、堅牢で姿もよいが用途の限られた蔵の扱いが問題になる。沼尻家の答えは転用だった。内部を改装し、蔵を喫茶店として活かす。外形を損なわずに建物を使い続け、手入れを絶やさない第二の生である。桟瓦の屋根、妻入の戸口、下見板張の壁は、内が別の用途に変わってなお、屋敷の庭からそのまま読みとれる。

こうした転用は、登録制度が促そうとする方向と重なる。米蔵は平成一七年(二〇〇五年)七月一二日、登録番号〇八‐〇一七六で登録有形文化財となった。登録有形文化財は外観の性格を守りつつ、所有者に現代的な活用の余地を残す枠組みで、登録基準は歴史的景観への寄与に置かれる。明治の外観をとどめたまま稼働する喫茶は、空き蔵として朽ちさせるより、その趣旨によく応えている。

屋敷群のなかの位置

米蔵は敷地に建つ登録四棟の一つである。ほかに江戸後期の主屋、やや遅れて農具と文書を納めた蔵、大正期の長屋がある。四棟は約一世紀半にわたり、江戸から近代日本への移行のなかで一家がいかに規模を広げたかをたどらせる。

屋敷は個人所有で一部が小規模な商いに供されているため、四棟のうち来訪者を迎え入れやすいのはこの喫茶である。ただし独立した店舗として営まれる以上、営業日や時間は店主が定めるもので、変わりうる。立ち寄る予定なら、扉が開いていると決めてかからず、出向く前に現状を確かめておきたい。ここは資料館ではなく、ほかの建物に定まった公開日程はない。

Q&A

Q米蔵はいつ建てられたのですか。
A明治初期です。文化庁は正確な建立年ではなく、一八六八年から一九一一年の幅として記録しています。
Q実際に立ち寄れますか。
A内部が喫茶店として改装されているため、四棟のなかでは最も入りやすい建物です。ただし個人の店舗なので、出向く前に現在の営業日・営業時間をご確認ください。
Q真壁造とは何ですか。
A柱を塗り込めず外に見せる壁の仕上げで、軸部の格子がそのまま表れます。ここでは腰上の高い横板張と組み合わされています。
Q同じ敷地の蔵とはどう違うのですか。
A米蔵は約33㎡とやや大きく、蔵は約23㎡で北西方に建ちます。蔵は一階を農具置き場、二階を文書庫とし、明治のなかでも米蔵より少し後の建立です。

基本情報

名称沼尻家住宅米蔵(ぬまじりけじゅうたくこめぐら)
所在地茨城県つくば市金田38-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号08-0176(第46回)
登録年月日2005年7月12日(告示 2005年8月2日)
時代・年代明治初期(1868-1911)
員数1棟
構造及び形式木造2階建、桟瓦葺、建築面積約33㎡、切妻造・妻入。真壁造で腰高の下見板張
現在の活用内部を改装し喫茶店として活用(個人店舗。営業時間は要確認)

References

国指定文化財等データベース(文化庁) — 沼尻家住宅米蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004758
つくば市 — 文化財の保護
https://www.city.tsukuba.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikukyokubunkazaika/gyomuannai/2/1/1001638.html
茨城県教育委員会 — いばらきの文化財一覧
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/art-and-culture/ibaraki-bunkazai/list/

最終更新日: 2026.07.02