蚕を飼った大正の作業場

つくば市金田の沼尻家屋敷で、登録四棟のうち最も新しいのが、主屋の南東方に南北棟で建つ細長い二階建である。長屋と呼ぶこの建物は、大正初期、文化庁の推定で西暦一九一二年から一九二五年の間に建てられた。すでに沼尻家は代々村に地歩を占めており、この一棟は農家が二〇世紀初頭の産業に適応していく姿を見せる。

付属屋のなかでは最も大きく、桁行六間、梁間三間、建築面積はおよそ五三平方メートルに及ぶ。切妻造の屋根に桟瓦を葺き、西・北の二面に下屋庇を廻して、建物の二辺に沿う庇下の作業空間を広げている。

下は作業、上は蚕

長屋は労働のために整えられていた。一階は作業場とし、修理や加工、収納にあてる、稼働する農家に欠かせない融通のきく屋内空間である。二階はより専門的な役をもち、蚕室とした。養蚕は明治から大正にかけ、関東一円をはじめ全国の農家にとって大きな現金収入源であり、蚕を飼うには蚕座を並べて育てられる、暖かく風通しのよい二階座敷を要した。

この二階の蚕室こそ、建物をその時代に位置づける要点である。茨城の一角と、日本近代の輸出を牽引した全国的な蚕糸経済とを結び、建物の余裕ある長さの理由をも説く。蚕座の列を広げるには奥行がいる。二辺に廻した下屋庇は、その下の作業場に、多くの天候で使える庇下空間を与えた。

旧家の近代の顔

主屋が江戸期の村政を、蔵が明治を語るとすれば、長屋は屋敷を二〇世紀へと運ぶ。近代の産業が農村に及んだのち、屋敷構えがどのような姿をとったかを、この一棟が記録している。古い居宅や蔵とならんで、手仕事と養蚕のための専用建物が加わったのである。

長屋は平成一七年(二〇〇五年)七月一二日、登録番号〇八‐〇一七八で、隣接各棟と同じ回に登録有形文化財となった。他棟と同じく登録基準は歴史的景観への寄与にある。その価値は屋敷の弧を完結させる点にある。江戸後期の茅葺の主屋から大正の蚕室兼作業場まで、四棟をあわせて一家の一世紀半の変転が読みとれる。

いまの姿

長屋は衣料品店舗として近代的に活用され、米蔵の喫茶と同じく、手入れを絶やさず使い続ける道をとった。独立した店舗として営まれるため、営業日や時間は店側が定めるもので、変わりうる。稼働する姿を見たいなら、出向く前に現状を確かめておきたい。

屋敷全体は私有地であり、資料館としては運営されていないため、古い各棟に公開日程はない。外観は見学が明らかに許される場所からのみ眺めたい。茨城の農家建築の内部に確実に立ち入るなら、近隣の自治体や県の文化財施設に置かれた民家展示のほうが確かである。

Q&A

Q長屋はもともと何に使われたのですか。
A一階が作業場、二階が蚕室でした。養蚕は明治・大正期の関東の農家にとって、ありふれた現金収入の手立てでした。
Qいつ建てられたのですか。
A大正初期で、一九一二年から一九二五年と推定されています。敷地の登録四棟のなかで最も新しい建物です。
Q見学できますか。
A衣料品店舗として活用されており、客として立ち寄れる可能性はありますが、個人の店舗として営業日・時間は独自に定められます。出向く前に現状をご確認ください。
Q蚕室はなぜ歴史的に興味深いのですか。
A養蚕は日本近代の生糸輸出を支えました。二階の蚕室は、ふつうの農家屋敷をその全国的な経済に結び、農家が収入を多角化した様子を映しています。

基本情報

名称沼尻家住宅長屋(ぬまじりけじゅうたくながや)
所在地茨城県つくば市金田38-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号08-0178(第46回)
登録年月日2005年7月12日(告示 2005年8月2日)
時代・年代大正初期(1912-1925)
員数1棟
構造及び形式木造2階建、桟瓦葺、建築面積約53㎡、切妻造。西・北の2面に下屋庇。一階を作業場、二階を蚕室とする
現在の活用衣料品店舗として活用(個人店舗。営業時間は要確認)

References

国指定文化財等データベース(文化庁) — 沼尻家住宅長屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004760
つくば市 — 文化財の保護
https://www.city.tsukuba.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikukyokubunkazaika/gyomuannai/2/1/1001638.html
茨城県教育委員会 — いばらきの文化財一覧
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/art-and-culture/ibaraki-bunkazai/list/

最終更新日: 2026.07.02