新郭にただ一軒残った武家屋敷
一色家住宅主屋は、茨城県土浦市西真鍋町にある文久3年(1863年)建築の茅葺の武家住宅で、2001年(平成13年)に国の登録有形文化財となった。
話は土浦藩の都市計画から始まる。文久3年、藩は常名村の一角に新しい武家屋敷地を造成した。約23万坪を石高に応じて屋敷割し、江戸詰だった160戸の藩士をここへ移している。この一帯が新郭と呼ばれた区画である。造成に合わせて、寛政11年(1799年)創設の藩校郁文館の分校「采藻館」も置かれた。引っ越してきた家々の子弟が学問を絶やさぬための備えだった。
登録されている建物は、その年に同じ土浦藩士の西川家の主屋として建てられた。明治になって、これを現在地へ移して住まいとしたのが一色家三代目の一色範疇である。範疇は藩の家老を務めた家の当主であり、のちに茨城県で最初の国立銀行となる第五十銀行を興した人物でもあった。第五十銀行は後年、常磐銀行と合併して現在の常陽銀行になっている。
新郭の屋敷はその後ほとんど姿を消した。一色家住宅主屋は、この造成地に残る唯一の武家屋敷遺構である。
登録有形文化財としての値打ち
日本の建造物保護には、性格の異なる二つの制度がある。古くからある「指定」の仕組みは対象を厳しく絞る。1996年に生まれた「登録」のほうは、現に使われている建物を守るための緩やかな制度で、外観を変えるときに国へ届け出れば足りる。一色家住宅主屋は2001年(平成13年)8月28日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録有形文化財の原簿に載った。指定ではなく登録である。
この登録が拾い上げたのは、ある種の希少さだ。土浦は城門も商家の蔵も残したが、武士の住まいはほぼ失われている。文化庁の記録は、この建物を新郭に残る唯一の武家屋敷遺構と記す。土浦市もこれを歴史的風致形成建造物の第5号に指定している。
一色範疇との結びつきが、さらに一枚重なる。幕末に藩士の家として建てられた建物を、県に近代銀行を持ち込んだ当人が買い取って移築し、そこに暮らした。時代の継ぎ目にちょうど載っている家なのである。
見どころ
まず間取りに目が行く。8畳の部屋を4室、2室ずつ二列に並べた田の字型の配置で、間仕切りを外せば大広間になる。主体部は桁行8間半、梁行4間。南面と北面には縁側が回っており、向かい合う二方向から光が入るので、同じ座敷でも時刻によって表情が変わる。
屋根は四方に流れを持つ寄棟造の茅葺である。関東平野の市街地に近い場所でこれだけの厚みの茅葺が残るのは今では珍しく、遠くからでもこの建物だとわかるのは屋根のおかげだ。登録上の建築面積は201平方メートル。
裏手には遠州流の庭が広がる。築山と池を配し、座敷から眺めることを前提に組まれた庭で、歩き回るための庭ではない。庭園と裏山を含めた敷地は約3,600平方メートルある。南側には1989年(平成元年)に増築された離れが建つが、こちらは登録の範囲に入らない。
一色家住宅主屋の見学方法
出かける前に押さえておきたい。一色家住宅主屋に常設の公開日はない。1979年(昭和54年)から2007年(平成19年)頃まで料亭「一色園」として、2009年(平成21年)から2019年(令和元年)頃までは和食店として使われていたが、その後は閉じられたままである。2021年(令和3年)に一色家から土浦市へ建物と庭園、周辺の土地が寄贈され、市は活用してくれる事業者を公募している。カフェ、小規模な宿泊施設、研修施設などが検討の俎上に載っている。運営者が決まるまで、拝観料も見学の受付もない。
茅葺屋根と前庭は前面の道路から見える。公道からの外観撮影に制限はない。ただし周囲は人の住む住宅地なので、敷地に立ち入ったり、生垣越しにカメラを向けたりするのは避けてほしい。現在の公開状況を確かめたい場合は、建物を所有する土浦市の文化財担当窓口へ問い合わせるのが確実である。
行き方は難しくない。西真鍋町はJR常磐線の土浦駅から車で約10分。上野駅からは特急と普通列車を乗り継いで約50分で土浦に着く。自転車ならもっと楽で、すぐ近くを「つくば霞ケ浦りんりんロード」が通っている。市がここを休憩拠点にする案を挙げているのもそのためだ。駅から歩けば、平坦な道を約40分。
アクセスと活用の状況は2026年9月に確認した。事業者が決まれば、この項目は早く動く可能性がある。
Q&A
- 一色家住宅主屋の内部は見学できますか。拝観料はいくらですか。
- 現在は内部を公開していません。2019年頃に飲食店としての利用が終わり、2021年に土浦市へ寄贈されました。市が活用事業者を公募している段階で、公開日も拝観料も設定されていません。外観は前面道路から見られます。
- 一色家住宅主屋へのアクセス方法を教えてください。
- JR常磐線土浦駅が最寄りです。駅から車で約10分、徒歩なら約40分。上野駅から土浦駅までは約50分です。近くを「つくば霞ケ浦りんりんロード」が通るため、自転車で訪れる人もいます。
- 一色家住宅主屋は撮影できますか。
- 公道からの外観撮影に制限はありません。敷地は非公開のため立ち入りはできず、生垣越しの撮影も控えてください。周囲は住宅地なので、近隣の家が写り込まないよう配慮が要ります。
- 一色家住宅主屋はいつ、誰が建てた建物ですか。
- 文久3年(1863年)、土浦藩が造成した新郭の武家屋敷地に、藩士西川家の主屋として建てられました。明治期に一色家三代目の一色範疇が現在地へ移築し、居宅としています。
- 一色家住宅主屋は指定文化財ですか、登録文化財ですか。
- 登録文化財です。2001年(平成13年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で国の登録有形文化財に登録されました。届出制の緩やかな制度で、「指定」とは別の枠組みになります。
基本情報
| 名称 | 一色家住宅主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県土浦市西真鍋町1918-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 2001年(平成13年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積201平方メートル |
| 所有者 | 土浦市 |
| 公開状況 | 通常非公開。外観は公道から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002204
- 文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/115084
- いばらきの文化財(茨城県教育委員会)
- https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6573/
- 一色家住宅の概要(土浦市資料・国土交通省官民連携ポータル)
- https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001767539.pdf
- 歴史的風致形成建造物指定制度について(土浦市)
- https://www.city.tsuchiura.lg.jp/kankyo-kotsu-machizukuri/toshikeikaku-machizukuri/rekishifuchi/fuuchi-keisei-kenzoubutsu.html
最終更新日: 2026.09.06