昭和10年に、あえて古い形で建てられた商家
奥庄店舗兼主屋(おくしょうてんぽけんしゅおく)は、茨城県結城市大字結城字大町にある昭和10年(1935年)建築の木造2階建の商家建築で、平成21年(2009年)1月8日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
面白いのは年代のほうである。昭和10年ともなれば、店を新築する余力のある商人には別の選択肢があった。鉄筋コンクリートは普及しはじめ、関東の町では正面を平坦に立ち上げてモルタルや金属板で仕上げる商業建築が増えていた。この店を建てた家はそのどれも採らなかった。選んだのは切妻・平入・桟瓦葺の町家であり、19世紀の商家と同じ出桁造の軒である。文化庁の国指定文化財等データベースは、伝統的な商家の構えをよく残していると記す。登録は「造形の規範となっているもの」の基準による。
商いのほうは建物より100年古い。結城市によれば、奥庄の創業は天保2年(1831年)と伝えられ、以後「澤屋庄兵衛商店」の名で代々結城紬の問屋を営んできた。現在地に移って店を構えたのは昭和10年、先代の時である。「奥庄」への改称は昭和38年(1963年)と、意外に新しい。
建物の組み立て
奥庄店舗兼主屋は、実質的に2つの棟が前後に連なる。通りに面する店舗部分が桁行4間・梁間3間。その奥に直接つながる部分が桁行4間半・梁間3間で、座敷と居室が入る。文化庁は背面に直角に取り付く2階屋と記述する。建築面積は84平方メートルである。
東側にはもう1つ、間口1間半の2階建が接している。結城市はこれを昭和18年(1943年)のものとし、理由も書いている。2階に陸軍の高官が居住したためである。歩道からでは見落としかねない小さな部分で、この建物が戦争を表に出している唯一の箇所でもある。その後、昭和51年(1976年)に改修が行われた。
平面は日本の商家の定型、つまり前が商い、奥が家族という並びだが、店舗部分の正面は独自のことをしている。1階には独立柱を2本立て、その間と両脇の全面に引き違いの木製ガラス戸を建て込む。上部には出桁造の小庇が回る。2階も同じ手つきで、両端に半間の戸袋を置き、その間の全面を引き違いの木製ガラス窓とする。
ガラスと瓦、そして通りの見え方
大町通りの向かいに立つと、正面は木の格子に嵌まったガラスの面として見える。奥庄店舗兼主屋の正面で、壁が目に見える仕事をしている部分はごくわずかだ。この開放性には理由がある。紬の問屋は反物の色と地風を均質な自然光の下で見きわめる必要があり、昭和初期のガラスは間口全面を嵌めるだけの値段になっていた。
そこから視線を屋根へ上げると、この建物が金を掛けた先が伝統の側にあることが分かる。棟は熨斗瓦を積み上げ、両端に影盛瓦、その先に鬼瓦が付く。軒は出桁造で、関東の古い商家に特有の深い影の線をつくる。立面の下半分は20世紀のもので、上半分はそうではない。関わった誰も、そこを問題だと思わなかったらしい。
結城市は、全体として建設当時の状態を極めてよく留めていると評し、内部も1階2階とも保存状態は良好とする。ただし正直な例外がひとつ書き添えてある。西側側面には鉄板が張られている。日本の商家で繕いが出るのはたいてい側面で、そもそも見られることを想定して造られたのは正面だけだった。
大町通りそのものも歩く価値がある。結城市は、旧市街を特徴づける建物として見世蔵を挙げ、明治初期から大正時代にかけて結城駅通りや大町通りに建てられたと記す。奥庄店舗兼主屋は、同じ通りに対して後の時代が出した木とガラスの答えであり、北側に建って南を向いている。
奥庄店舗兼主屋の見学
奥庄店舗兼主屋は、民間が所有し現役で使っている商業建築である。見学料はない。そもそも入館という枠組みがなく、結城市も事業者も内部見学の受付を案内していないため、大町通りからの外観見学を前提に計画したい。
これは思うほどの制約ではない。登録の根拠になっている要素はほとんどが南面と屋根まわりに集まっており、通りの幅は全体を視野に収めるのに足りる。公道からの撮影に制限はないが、そこは人の仕事場でもあるので、通常の配慮は必要になる。見学時間の定めはない。南向きの正面なので、光は午後のほうが回る。
JR水戸線結城駅の北口から大町通りまで徒歩約10分。西へ少し歩けば同じ通りに登録有形文化財の奥順の4棟が建っており、2つの店構えを1度の外出で見比べられる。アクセスに関する情報は2026年9月6日に確認した。
Q&A
- 奥庄店舗兼主屋の内部を見学できますか。
- 一般公開は行われていません。民間所有で現役の商業建築であり、結城市も事業者も内部見学の案内を出していません。登録の根拠となっている南面と屋根まわりは、大町通りから十分に見ることができます。
- 奥庄店舗兼主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
- 建築は昭和10年(1935年)で、昭和18年(1943年)に増築、昭和51年(1976年)に改修が加えられています。登録有形文化財への登録は平成21年(2009年)1月8日、告示は同月22日、登録番号08-0229で第62回の登録です。
- 奥庄店舗兼主屋の東側にある細い部分は何ですか。
- 間口1間半の2階建の増築部分で、昭和18年(1943年)に建てられました。結城市は、2階に陸軍の高官が居住した際のものと記録しています。この建物で戦時の事情が形として残っている唯一の箇所です。
- 奥庄店舗兼主屋はどんな商売の建物ですか。
- 結城紬の問屋です。結城市は創業を天保2年(1831年)と伝え、「澤屋庄兵衛商店」の名で代々紬問屋を営んできたと記します。現在地に移って店を構えたのが昭和10年、「奥庄」に改称したのは昭和38年(1963年)です。
- 結城駅から奥庄店舗兼主屋へはどう行きますか。
- JR水戸線の結城駅で降り、北口から大町通りへ徒歩約10分です。建物は通りの北側に南面して建っており、所在地は大字結城字大町24ほかです。
基本情報
| 名称 | 奥庄店舗兼主屋(おくしょうてんぽけんしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県結城市大字結城字大町24他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号08-0229 |
| 指定年 | 平成21年(2009年)1月8日登録(告示は同月22日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積84平方メートル。店舗部分は桁行4間・梁間3間、奥は桁行4間半・梁間3間 |
| 所有者 | 文化庁データベースに所有者名の記載なし |
| 公開状況 | 大町通りからの外観見学のみ。内部の一般公開はない |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「奥庄店舗兼主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007449
- 結城市公式ホームページ 登録有形文化財「奥庄株式会社」
- https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003238.html
- 結城市公式ホームページ「蔵造りの結城の街並み」
- https://www.city.yuki.lg.jp/kankou/yuki100/yukichiku/page000469.html
- 結城市公式ホームページ 登録有形文化財「奥順株式会社」
- https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003228.html
最終更新日: 2026.09.06