石を装った木の建物 上野家住宅旧診療所
金沢市の石引通りを歩くと、石を切り出して積み上げたかのような小さな二階建てが目に入る。前面は灰色のモルタルで覆われ、水平の目地が刻まれて、まるで石材を積んだ壁面のように見える。表に立つのは四本の平たいピラスター。その間にレリーフや持送りの装飾が配され、堅牢で西洋風の表情をつくっている。だが、この壁は石ではない。漆喰の下にあるのは、周囲の住宅と変わらない木造の軸組である。
大正5年(1916年)に建てられたこの建物は、上野家の診療所として使われた。石造を装った外観は、意図あってのものだった。大正期の地方都市において、石造風の正面は通りを行く人へひとつの合図を送る。ここは西洋医学にもとづく近代的な診療の場である、という主張である。
細長い敷地に建つ医家
旧診療所は、間口が狭く奥行きの深い敷地の、道路に面した先端に建つ。金沢の旧来の町家が受け継いできた地割りである。その奥には、別棟として切妻造の主屋が控える。この配置によって、敷地内で診療と居住というふたつの機能が分けられた。患者は道路側の診療所で迎えられ、家族は奥で暮らし、その動線が診察の場と交わらないよう保たれている。診療所の動線と住居の動線を切り分けること自体が、当時としては新しい発想であり、都市住宅の近代化を示す初期の手がかりとなっている。
規模は桁行4間、梁間4間半で、間口がおよそ7.3メートル、奥行きが約8.2メートル、建築面積はおよそ65平方メートルにあたる。装飾を施した前面の壁の上には、宝形造の屋根が桟瓦葺で架かる。屋根は道路からはとらえにくい。設計者が真っ先に見せたかった高い西洋風の正面の背後に、控えめに収まっているからである。
登録有形文化財としての価値
旧診療所は登録有形文化財であり、平成18年(2006年)10月に登録番号17-0157として国の登録簿に加えられた。ここで「登録」という語に注意したい。日本の建造物の文化財には、二つの制度が並び立っている。重要文化財や国宝を生む「指定」は、最も重要な歴史的建造物を対象とし、厳しい規制をともなう。一方、平成8年(1996年)に始まった「登録」は、おもに明治期以降の建物を念頭に置いた、より緩やかな仕組みである。建物を主として外観を通じて守りながら、所有者が使い続け、手を加える余地を残す。日本の近代建築の多くは、この穏やかな枠組みのもとで残されてきた。
この建物は造形の規範となるものとして登録され、官報の記録は地方の近代化を示す指標であると記す。この一句がその価値の核心である。西洋建築の語彙が東京から遠く離れた一筋の通りに届き、地元の大工が手元の材料でそれを形にした経緯を、ひとつの小さなファサードが示しているのである。
ファサードを読む
建物は個人の所有で内部は非公開であるため、見どころは歩道からゆっくりと眺める外観にある。まず注目したいのは、モルタルに刻まれた水平の溝である。これは石材の継ぎ目を模して引かれたもので、平滑な漆喰の面に、重みと積み上げの感覚を与えている。次に四本のピラスターを見たい。壁に張りつくように立つ浅い柱で、実際には荷重を負わないが、正面を区画に分け、古典建築のような律動を生み出している。
レリーフと小さな持送りの装飾には、地元の職人の手わざがもっとも明瞭にあらわれている。石を彫り出したものではなく、モルタルで形づくられた装飾であり、借り物の西洋様式を、左官が扱える素材へと置き換えている。その仕上がりは厳密さよりも自信を感じさせる。離れて見れば前面は端正な石造の正面として整い、近づけば漆喰の質感や木部の縁が見え、写真や数少ない都市の大建築でしか目にしなかったであろう様式を、職人が自分なりに解釈した跡が読み取れる。
石引という街
旧診療所が建つ通りの名は、はるかに古い土木の営みを記録している。「石引」とは石を曳くことを指す。十六世紀末、ここは金沢城の石垣を築くため、東におよそ十二キロ離れた戸室山から切り出された巨石を、小立野台地へと曳き上げた道筋であった。石を装った木造の診療所が、かつて本物の石を運んだその道に建っている。立ち止まって味わいたい、静かな符合である。
現在の石引は、兼六園を上った小立野台地に広がる暮らしの街で、古くからの商店街があり、近くには大学の医学系キャンパスや美術大学があって、学生の街としての性格を帯びてきた。金沢の中心部までは坂を下って徒歩でおよそ二十分から三十分、バスの便も多い。診療所を見に上ってくれば、兼六園や金沢城公園、出羽町や本多町に集まる美術館群も徒歩圏にある。鈴木大拙館や国立工芸館もそのなかに含まれる。
外から眺めるだけでなく、この時代の建物の内部に入ってみたい人には、金沢には公開されている例がいくつもある。明治期の赤煉瓦の旧制高等学校である石川四高記念文化交流館は、中心部へ下る途中にあり、無料で入ることができる。
Q&A
- 旧診療所の内部は見学できますか。
- 内部は見学できません。建物は個人の所有で、内部は公開されていません。この建物の眼目である石造を模した正面は道路から鑑賞でき、外観をじっくり眺めることをおすすめします。
- この建物は本当に石でできているのですか。
- 石ではなく、そこが面白いところです。構造は通常の木造軸組で、石造に見える外観は、水平の目地を刻んだモルタル仕上げに、ピラスターやレリーフ、持送りの装飾を加えて西洋の石造建築を模したものです。
- 登録有形文化財とは何ですか。
- 平成8年(1996年)に設けられた保護の制度で、重要文化財や国宝の「指定」より緩やかなものです。建物を主に外観を通じて守りつつ、所有者が使い続けられるよう配慮します。日本に残る近代の建物の多くがこの方式で保護されています。
- どのように行けばよいですか。
- 所在地は金沢市石引1-15-31で、市中心部の南東、小立野台地の上にあります。中心部から坂を上って徒歩でおよそ二十分から三十分、またはバスで短時間です。兼六園が近いため、主要な観光地と合わせて訪ねやすい場所です。
- なぜ1916年に西洋風の診療所を建てたのですか。
- 西洋風の正面は、近代性と、日本が急速な近代化のなかで採り入れた西洋医学の権威を示す合図でした。全国の医院や銀行、学校、役場が進歩を打ち出すためにこうした外観をまとっており、地方の診療所がそれを採ったことは、その発想がいかに広く浸透していたかを示しています。
基本情報
| 名称 | 上野家住宅旧診療所(うえのけじゅうたくきゅうしんりょうじょ) |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市石引1-15-31 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号17-0157 |
| 登録年月日 | 平成18年(2006年)10月19日(第52回登録) |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 建築年代 | 大正5年(1916年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造2階建、宝形造、桟瓦葺、建築面積約65平方メートル、桁行4間・梁間4間半 |
| 公開状況 | 外観は道路から見学可、内部非公開(個人所有) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 上野家住宅旧診療所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005814
- 金沢市 国登録有形文化財一覧
- https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaihogoka/gyomuannai/3/1/1/4291.html
- 石引商店街振興組合 街の歴史と案内
- https://isibikisyouten.com/map/
最終更新日: 2026.06.20