石を曳いた道に残る白い蔵

金沢市の石引という町名は、城づくりの記憶そのものだ。文禄元年(1592)、加賀の前田家が金沢城を築いたとき、戸室山で切り出した巨石をこの道筋を通して城へと曳き下ろした。「石を引く」道、それが石引の由来である。いまは小立野台地の住宅街となり、兼六園からひと登りした静かな坂の途中に、白漆喰の小さな建物が肩を寄せるように建っている。

大正5年(1916)に建てられた上野家住宅土蔵だ。主屋の通りに面した部分は、かつて診療所として使われていた。土蔵は庭に独立して建つのではなく、主屋の側面にぴたりと寄り添う内蔵の形をとる。敷地を無駄なく使う、町なかの住宅らしい構えである。

小さな蔵が登録された理由

平成18年(2006)、この土蔵は登録有形文化財となった。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。豪壮さを誇る建物ではない。価値は、大正期の町なかの蔵の姿と造りを、過不足なく今に伝えている点にある。

構造は土蔵造。木の骨組みに分厚い土壁を塗り重ね、表面を白漆喰で仕上げる。桁行2間・梁間2間半、おおよそ3.6×4.5メートルの規模で、建築面積はわずか19平方メートルにすぎない。目を留めたいのは屋根だ。土の本体に直接瓦を載せるのではなく、その上にもう一段、切妻・桟瓦葺の屋根を少し浮かせてかける。置屋根と呼ばれるこの形式は、張り出した軒が雨や雪を漆喰壁から遠ざける、湿気と雪の多い北陸の気候に応えた工夫である。

意図された対比もある。白い土蔵は、隣り合う主屋の下屋・納戸の朱壁と向き合うように建つ。主屋の縁側から眺めると、白漆喰と朱の壁が小さな景をつくる。蔵は物を納めるだけでなく、暮らしの景色の一部として置かれている。

見どころ

道から壁を見上げてみたい。軒下に走る陰の線が置屋根の隙間で、土蔵が雨をどうしのぐかを最もよく示している。漆喰は継ぎ目なく滑らかに塗られ、隅は角を立てず丸くおさめてある。左官が湿った漆喰を手でなでた跡だ。

ここは今も人が住む個人の住宅で、門をくぐって入る場所ではない。中を見学することもできない。それでも、1916年の小さな蔵が当時の比例・素材・屋根の理屈をそのまま保ち、街並みを静かに引き締めている。その読み取りこそが、この建物を訪ねる楽しみになる。

蔵のまわり

石引は金沢中心部の南東、小立野台地の高みにある。兼六園と復元された金沢城の建物群までは坂を下って徒歩10〜15分ほど。土蔵そのものを目的地にするより、庭園や城めぐりの途中に立ち寄る一点として考えるとちょうどよい。台地には古いわき水が点在し、近くの石引商店街には長く続く店や銭湯が残る。金沢美術工芸大学が近く、学生の姿も多い。

兼六園、金沢城、そして台地への坂道をつなぐ半日の散策に、この白い蔵を見つけるという小さな目的を一つ加えてみたい。

Q&A

Q中を見学できますか。
Aできません。現役の個人住宅です。見学は公道からの外観のみとし、住む方のプライバシーにご配慮ください。
Q土蔵とはどんな建物ですか。
A木の骨組みに厚い土壁を塗り、漆喰で仕上げた蔵です。防火性と調湿性に優れ、貴重品や書類、季節の品を納める場所として使われてきました。
Q行き方を教えてください。
A金沢中心部から石引・小立野方面のバス、または兼六園から徒歩15分ほどの坂を上ります。
Qわざわざ訪ねる価値はありますか。
A単独では小さな見どころです。兼六園や金沢城と組み合わせれば、伝統建築や日常の街並みの質感を楽しむ方には十分に応える一点になります。
Qいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A大正5年(1916)の建築で、平成18年(2006)10月に登録有形文化財となりました。

基本情報

名称上野家住宅土蔵(うえのけじゅうたくどぞう)
所在地石川県金沢市石引1-15-31
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 17-0159
登録年月日平成18年(2006)10月18日
建築年大正5年(1916)
構造形式土蔵造2階建、瓦葺(切妻造・桟瓦葺の置屋根形式)
規模桁行2間(約3.6m)×梁間2間半(約4.5m)/建築面積19㎡
外壁白漆喰塗
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
公開状況個人住宅のため、公道からの外観見学のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「上野家住宅土蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005706
金沢市「国登録有形文化財一覧」
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaihogoka/gyomuannai/3/1/1/4291.html
石川県「石川県文化財一覧」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/ichiran/shitekensuu.html
「石引」(町名の由来)ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/石引

最終更新日: 2026.06.20