奥州街道 ―江戸時代の幹線道路を、いま岩手の山あいで歩く
岩手県北部、二戸郡一戸町と岩手郡岩手町の山林の中に、江戸時代の旅人が歩いた道がそのままの姿で残されています。両脇に苔むした塚を従え、杉木立に挟まれて山ひだを縫っていく一筋の土の道。それが、徳川幕府によって整備された五街道の一つ、奥州街道(おうしゅうかいどう)の遺構です。江戸日本橋から陸奥へ向かう約八百キロの幹線道路の大部分は、近代化のなかで国道に飲み込まれて失われましたが、ここ岩手県北部にだけは、江戸時代の道幅、勾配、雰囲気がほぼそのまま残る区間がいくつも現存しています。
平成22年(2010年)2月22日、これらの区間と一里塚は国の史跡に指定されました。五街道のうち、道そのものが史跡指定されたのはこの奥州街道が初めてのことです。新幹線で東京から3時間ほどの距離で、江戸時代の旅の風景に分け入ることのできる、世界的にも貴重な野外博物館がここにあります。
奥州街道とは何か
慶長の頃、徳川家康が幕府の体制を固めると、江戸日本橋を起点とする五本の幹線道路―――東海道、中山道、甲州街道、日光街道、そして奥州街道―――が整備されました。これら五街道は、参勤交代の大名行列、幕府公用の早馬、そして米・塩・漆・絹といった物資を運ぶ商人の道として、江戸時代の日本の血流をなしました。
厳密な意味での奥州街道(奥州道中)は、江戸から白河(現在の福島県)までの区間を指します。しかし当時の人々は、その北、仙台、盛岡、八戸を経て津軽半島の三厩(みんまや)に至るまでの長い道筋全体を、ひとつながりの「奥州街道」として認識していました。この広義の奥州街道沿いには、馬を乗り換え旅人が宿をとる宿場が、合わせて百十四も置かれていたといいます。
江戸時代の中期以降、北方ではロシア船の出没が報じられるようになり、奥州街道は蝦夷地防衛の補給線としても重要性を増しました。明治の世になると、明治9年(1876年)と明治14年(1881年)の二度にわたり、明治天皇が東北を巡幸され、その馬車の通行のために街道は道幅2間(約3.6メートル)に拡幅されています。
なぜ岩手県北部に古道が残ったのか
奥州街道の大半は、明治以降の道路整備のなかで失われました。新たに敷設された国道は、多くの区間で旧街道のすぐ上を、あるいは並行する形で通り、結果として江戸時代の道は近代道路の下に消えていきました。現在の国道4号線が、おおよそ旧奥州街道の経路と重なるのはそのためです。
ところが、一戸町と岩手町の山あいでは、事情が違いました。明治17年(1884年)に始まった国道整備工事は、この区間ではほとんど旧街道とは別のルートを取って進められたのです。商業上の役割を終えた古い道は、人の往来から忘れられ、山林に還っていきました。そして、まさに「忘れられた」がゆえに、車輪の轍も、石積みの法面も、街道沿いの並木も、そして街道一里ごとに築かれた一里塚(いちりづか)の対の土饅頭も、ほとんど手つかずの状態で残ることになったのです。
現在、史跡として指定されているのは、未舗装区間7か所、延長8.86キロと、4か所の一里塚(浪打峠・川底・旧中山・御堂/馬羽松)です。一戸町南端の御堂・馬羽松一里塚から北端の浪打峠一里塚までを通して歩けば、その道のりは約24キロ。江戸時代の旅人と同じ歩みで山を越え、谷を渡る、文字通りの「歩く博物館」がここにあります。
国指定史跡となった理由
文化庁による評価は、複数の観点からなされました。まず、未舗装の道筋が江戸時代の幅員、排水構造、緩やかな勾配をほぼ原形のままとどめていること。次に、4か所すべての一里塚が「対」で、つまり道の両側に築かれた左右一対の塚として残されていること。これは全国的にも珍しく、日本各地の一里塚の多くは、片側が道路拡幅や開発で失われています。さらに、街道周辺の山並みや谷筋、点在する小集落の景観も、当時の旅人が見たであろうものから大きくは変わっていません。
そして何より、五街道のうち道そのものが史跡指定されたのは、この奥州街道が初めてだという点も特筆されます。これは、文化庁が一戸・岩手町を通る奥州街道を、点としての名所ではなく、線としての歴史遺産として評価した結果でした。
みどころ
浪打峠(なみうちとうげ)――かつて海だった峠
標高302メートルの浪打峠は、北の入口にあたる劇的な見どころです。「浪打」の名は、峠の両側にむき出しになった砂岩の崖に由来します。およそ1500万年前、この地が浅い海の底だった頃に堆積した粗粒砂岩層には「クロスラミナ(交叉層)」と呼ばれる斜めに交差する縞模様が刻まれ、ホタテ貝などの貝化石の砕片までもが点在しているのです。この崖は昭和16年(1941年)に国の天然記念物にも指定され、史跡と天然記念物が重なる、国内でも珍しい地点となっています。
古来この地は、和歌の名所「末の松山」の比定地のひとつとされ、菅江真澄、高山彦九郎ら多くの文人がここを訪れて筆を残しました。明治9年の巡幸の際には、明治天皇もここで野立てをされ、現在もその記念碑が残ります。
4つの一里塚
一里塚は、慶長9年(1604年)以降、街道一里(約3.9キロ)ごとに左右一対で築かれた距離標です。現代でいう道路標識に相当しますが、当時は塚の上に植えられた榎や松が日陰を提供し、旅人の休息所も兼ねていました。一戸町に残る浪打峠・川底・旧中山・御堂/馬羽松の4か所は、いずれも左右一対で原位置に残る貴重な事例です。とりわけ御堂・馬羽松一里塚は、岩手町と一戸町の境界にまたがって築かれています。
明治天皇巡幸の名残
街道沿いには、明治天皇が休息された場所や水を召された清水を示す石碑が、ひっそりと残されています。浪打峠近くの「山下清水」は、明治天皇が野点に用いられたと伝わる湧水で、今も澄んだ水を湧出しています。
山林の静けさ
歩いて最も印象に残るのは、おそらくその静けさでしょう。未舗装区間に踏み入ると、聞こえるのは自分の足音と、杉の梢を渡る風の音だけ。道幅は二人がすれ違える程度、または旅人と荷駄一頭分。案内看板の類はほとんどなく、足と蹄が刻んだ地形そのものが、そこに残されています。
歩いて巡るおすすめコース
一戸町観光協会では、IGRいわて銀河鉄道の各駅を起点とした4つの周回ウォーキングコースを設定しています。いずれも奥州街道の指定区間と周辺の文化財を組み合わせ、日帰りで完結する内容です。
- 町歩き・峠道の周遊コース(一戸駅起点/約12km/約6時間):浪打峠一里塚、浪打峠交叉層、実相寺のイチョウ、一戸城跡、諏訪野一里塚を巡る
- 渓谷沿いの周遊コース(小鳥谷駅起点/約13km/約7時間):藤島のフジ、川底一里塚、重要文化財の旧朴舘家住宅などを訪ねる
- 難所の里山周遊コース(小繋駅起点/約10km/約6時間):小繋御番所跡、小繋一里塚、急坂のヨノ坂、塚平一里塚を歩く
- 尾根筋の周遊コース(奥中山高原駅起点/約13~15km/約7時間):旧中山一里塚、青面金剛像塔、明治天皇御休憩跡、御堂・馬羽松一里塚を巡る
地元ガイドの案内は、一戸町役場世界遺産課文化財係への事前予約で利用できます。
周辺の見どころ
奥州街道歩きと組み合わせたい近隣のスポットも豊富です。一戸町中心部の御所野縄文博物館では、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産である御所野遺跡を見学できます。約4000~5000年前の縄文集落の姿を体感できる施設です。岩手町側へ南下すれば、岩手高原のおだやかな景観でサイクリングや野鳥観察が楽しめます。北の二戸市には、漆生産で知られる浄法寺地区があり、日本の重要な木造建造物の修復を支える漆の里として注目されています。
食事では、すいとんに近い郷土料理「ひっつみ」や、地元産の短角牛料理が一戸の名物です。温泉好きには、奥中山高原温泉が南端のベース駅近くで日帰り入浴を提供しています。
Q&A
- 東京からのアクセスは?
- 東北新幹線で東京駅から二戸駅まで約2時間50分。二戸駅でIGRいわて銀河鉄道に乗り換え、一戸駅・小鳥谷駅・小繋駅・奥中山高原駅のうち、希望のコース起点となる駅へ南下します。
- 歩くのに最適な季節は?
- 4月下旬から11月上旬までが快適です。春は新緑と山野草、夏は標高があるため涼しく、10月中旬から11月初旬は紅葉が見事です。冬は積雪のため未舗装区間へのアクセスは困難になります。
- ガイドは必要ですか?
- 必須ではありませんが、大いにお勧めします。多言語の案内表示が少ないため、地元ガイドの解説があると歴史的背景が立体的に理解できます。一戸町役場世界遺産課文化財係への事前予約をご利用ください。
- 体力的にきつい道ですか?
- 浪打峠やヨノ坂など、ある程度の坂道はありますが、本格的な登山道ではありません。歩き慣れた靴と基本的な体力があれば歩けます。一日歩く場合は十分な水分と昼食をご用意ください。
- 4つの一里塚を一日で全部見られますか?
- 車での移動なら一日で巡回可能ですが、徒歩・鉄道での見学は約24kmにわたるため、一泊二日で各コースを丁寧に歩くプランがおすすめです。
基本情報
| 名称 | 奥州街道(おうしゅうかいどう) |
|---|---|
| 指定 | 国指定史跡(平成22年(2010年)2月22日指定) |
| 所在地 | 岩手県二戸郡一戸町、岩手郡岩手町 |
| 時代 | 江戸時代(17世紀初頭以降)/前身は鎌倉時代の奥大道 |
| 指定範囲 | 未舗装区間7か所、延長約8.86km、および4か所の一里塚(浪打峠・川底・旧中山・御堂/馬羽松) |
| 歩行可能総延長 | 一戸町内で約24km |
| アクセス | IGRいわて銀河鉄道 一戸駅・小鳥谷駅・小繋駅・奥中山高原駅 |
| 管理団体 | 一戸町、岩手町(平成22年8月25日指定) |
| 問い合わせ | 一戸町役場 世界遺産課 文化財係(電話:0195-32-2652) |
参考文献
- 奥州街道|文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147307
- 奥州街道|一戸町公式ウェブサイト
- https://www.town.ichinohe.iwate.jp/soshikikarasagasu/sekaiisanka/bunkazaikakari/1/01/969.html
- 国指定史跡「奥州街道」|一般社団法人いちのへ観光公社・一戸町観光協会
- https://www.ichinohekankou.jp/sightseeing/history-2/oshukaidou/
- 奥州街道|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/奥州街道
- 浪打峠|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/浪打峠
- 国指定史跡「奥州街道」|旅東北
- https://www.tohokukanko.jp/attractions/detail_1001574.html
- 奥州街道|いわての文化情報大事典(岩手県)
- http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist123
最終更新日: 2026.05.10