唐櫃岡の清水共同用水場:豊島に湧き続ける命の水
瀬戸内海に浮かぶ豊島(てしま)。香川県と岡山県の中間に位置するこの小さな島の唐櫃岡(からとおか)地区に、昭和4年(1929年)から絶えることなく清らかな水を湛え続ける石造りの共同用水場があります。「唐櫃岡の清水共同用水場」は、島の中央にそびえる檀山(だんやま)の湧水を花崗岩の水槽で受け止め、飲料水から洗濯、灌漑まで、暮らしのあらゆる場面で活用してきた地域の生命線です。平成13年(2001年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、さらに日本遺産「知ってる!? 悠久の時が流れる石の島」の構成文化財としても認められた、瀬戸内の島の暮らしと石の文化を今に伝える貴重な建造物です。
弘法大師伝説と湧水の起源
唐櫃岡の清水は、古くから「霊泉越水(れいせんこっすい)」とも呼ばれ、弘法大師(空海)にまつわる伝説が語り継がれています。かつてこの地を訪れた弘法大師が喉の渇きを覚え、自ら地面を掘ったところ水が湧き出したというものです。この伝説は豊島の人々の間で深く信じられ、湧水の場は信仰の対象として大切に守られてきました。
地質学的には、檀山の花崗岩基盤を覆う土庄層群の凝灰岩・凝灰礫岩との境界付近から湧出しています。檀山はスダジイやカシなどの常緑広葉樹の原生林に覆われており、何千年もかけて堆積した落ち葉がフェルト状の層を作り、島に降った雨をたっぷりと吸収します。この自然のフィルターを通して浄化された水は、年間を通じて水温13〜14℃とほぼ一定で、日量50〜130立方メートルもの水量を誇ります。どんな日照りの時にも枯れたことがないと伝えられ、まさに「命の水」と呼ぶにふさわしい存在です。
共同用水場の構造と築造の経緯
現在の共同用水場は、昭和4年(1929年)に豊島出身の実業家・中野喜三郎氏の多額の私財寄付によって整備されました。中野氏は明治時代に東京で土木会社を興し、国会議事堂や日本橋の工事にも携わった人物です。故郷・豊島の人々の暮らしを支えたいという思いから、島の花崗岩を用いた本格的な共同用水場の建設を実現させました。その功績を称え、地元公民館の庭には銅像が建てられています。
水場の規模は約縦10メートル、横5メートル、高さ2メートルで、面積は約75平方メートル。台形の平面を持ち、花崗岩を「布積み」と呼ばれる工法でひな壇状に積み上げて壁面を構成しています。山からの湧水は最上部の貯水槽に集められ、そこから3つの連続した小水槽を経て、最下段の大水槽へと流れます。各水槽には用途が定められており、上段から順に飲料水、野菜洗い、洗濯物のすすぎなどに使い分けられていました。余った水は脇の水路を通じて町の下水路に流れ、さらに周辺の棚田の灌漑用水として利用されてきました。
文化財としての価値
唐櫃岡の清水共同用水場は、平成13年(2001年)10月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました(登録番号 第37-0057号)。登録の理由として、小豆島西方の豊島にある生活用の水場であり、花崗岩布積のひな壇状の壁面構成、湧水を利用した合理的な水槽の配置など、往時からの生活環境において石が大きく使用されていたことを示す貴重な建造物であることが挙げられています。
同時に登録された清水観音堂(第37-0059号)と清水神社(荒神宮)社殿(第37-0058号)とともに、水と信仰が一体となった独特の文化的景観を形成しています。清水観音堂は十輪寺の所有で、豊島三十三観音の第27番札所。清水神社社殿は大正2年(1913年)の建築で、水場の西方の階段上段に位置しています。水の恵みに感謝し、その源を神仏として崇める日本の伝統的な信仰の姿がここに凝縮されているのです。
さらに、この共同用水場は日本遺産「知ってる!? 悠久の時が流れる石の島〜海を越え,日本の礎を築いたせとうち備讃諸島〜」の構成文化財にも認定されています。備讃諸島における400年にわたる石切りと石造文化の伝統の中に位置づけられ、島の日常生活に花崗岩がいかに深く根づいていたかを物語る存在として評価されています。
見どころ・魅力
唐櫃岡の清水共同用水場を訪れると、まず目に入るのは花崗岩のひな壇状に整然と積まれた石壁と、そこを静かに流れ落ちる透明な湧水の美しさです。背後には清水神社の鳥居と社殿が見え、社叢の緑に包まれた荘厳な雰囲気の中で、水と石と信仰が織りなす独特の空間を体感できます。
水場の近くには、瀬戸内国際芸術祭を通じて設置された彫刻家・青木野枝氏による屋外作品「空の粒子/唐櫃」があります。貯水槽を囲むように配置された円環状の鉄の彫刻は、山側から見ると空に浮かぶ粒子のように見え、古来の湧水と現代アートが対話する印象的な光景を生み出しています。
また、この水場は唐櫃岡集落の中心に位置しており、かつては地域の女性たちが洗濯や野菜洗いをしながら「井戸端会議」を楽しむ社交の場でもありました。新たにこの地区に嫁いだ女性たちは、ここでの日々の交流を通じて地域社会のルールを先輩たちから学んだと伝えられています。昭和38年頃に簡易水道が完成した後もその存在感は変わらず、今なお地域の水源として棚田を潤し続けています。
周辺情報
豊島は瀬戸内海の「アートの島」として世界的に知られ、唐櫃エリアには文化財と現代アートが共存する魅力的なスポットが集まっています。
豊島美術館
共同用水場から徒歩圏内の丘の上に建つ、アーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛による美術館。棚田の中に水滴のような形のコンクリートシェル構造の建物が据えられ、柱のない空間の中で一日を通して「泉」が生まれる作品「母型」が展開されます。檀山の湧水で潤される棚田は、2010年の瀬戸内国際芸術祭を契機に地元住民とともに再生されたものです。
島キッチン
建築家・安部良氏の設計による空き家を改修したレストラン。豊島のお母さんたちが地元産の米、魚、野菜を使った食事を提供しています。唐櫃の棚田で育てられた米や瀬戸内の新鮮な魚介を味わえる、アートと食が融合した空間です。
檀山
豊島の中央にそびえる標高約340メートルの山。山頂からは瀬戸内海の多島海景観を360度見渡すことができます。香川県の自然記念物に指定されたスダジイの原生林が広がり、電動自転車で山道を上ることも可能です。唐櫃の清水の水源でもあります。
唐櫃の棚田
清水共同用水場から流れ出た水で潤される棚田で、農林水産省の「つなぐ棚田遺産」に認定されています。毎年秋には「豊島棚田の収穫祭」が開催され、太鼓演奏や綿摘み体験など地域と来訪者が一体となるイベントが行われます。
Q&A
- 共同用水場の湧水は飲めますか?
- 古くから地域の飲料水として利用されており、現在も水道水源として活用されています。1993年には「さぬきの名水」、2001年には「残したい香川の水環境50選」にも選定されています。ただし、現地で直接飲用する際はご自身の判断でお願いいたします。
- アクセス方法を教えてください。
- 唐櫃港から徒歩約10分、または電動自転車で数分です。唐櫃港へは小豆島・土庄港からフェリーで約20〜30分。家浦港へは高松港から豊島フェリーで約35分で、家浦港から島内シャトルバスまたはレンタサイクルで唐櫃エリアへ移動できます。宇野港(岡山)や直島からのフェリーも利用可能です。
- 入場料はかかりますか?
- 共同用水場は屋外の公共的な施設であり、いつでも自由に見学できます。隣接する清水神社や清水観音堂の境内も参拝自由です。地域の方々の生活の場でもありますので、静かにマナーを守ってご見学ください。
- おすすめの季節はいつですか?
- 湧水は年間を通じて枯れることなく流れているため、どの季節でも見学可能です。気候的には春(4〜5月)と秋(10〜11月)が快適です。なお、豊島の多くのアート施設は火曜日を中心に休館日があり、冬季は火〜木曜日が休みとなることが多いため、週末の訪問がおすすめです。
- 瀬戸内国際芸術祭の期間中に訪れるメリットはありますか?
- 芸術祭期間中は通常非公開の作品が公開されるほか、臨時フェリー便が増発され島へのアクセスが便利になります。唐櫃エリアには常設作品に加えて期間限定の展示もあり、共同用水場周辺の文化財と現代アートをまとめて楽しむのに最適な時期です。
基本情報
| 名称 | 唐櫃岡の清水共同用水場(からとおかのしみずきょうどうようすいじょう) |
|---|---|
| 文化財区分 | 登録有形文化財(建造物)/日本遺産「知ってる!? 悠久の時が流れる石の島」構成文化財 |
| 登録年月日 | 平成13年(2001年)10月12日 |
| 築造年 | 昭和4年(1929年) |
| 構造 | 石造、水槽・排水路・擁壁よりなる、面積約75㎡ |
| 所在地 | 香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃字東伏1261-1 |
| 所有者 | 宗教法人十輪寺 |
| 見学料 | 無料(屋外公開施設) |
| アクセス | 唐櫃港から徒歩約10分/家浦港から島内シャトルバスまたはレンタサイクルで唐櫃エリアへ |
参考文献
- 唐櫃岡の清水共同用水場 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139711
- 唐櫃岡の清水共同用水場 — せとうち石の島
- https://stone-islands.jp/point/detail/14/
- 唐櫃の清水(土庄町豊島)-21世紀へ残したい香川 — 四国新聞社
- https://www.shikoku-np.co.jp/feature/nokoshitai/shizen/11/
- 知ってる!?悠久の時が流れる石の島 — 日本遺産ポータルサイト
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story080/
- 豊島について — 豊島観光ナビ
- https://teshima-navi.jp/en/about-2/
- 豊島 — 瀬戸内国際芸術祭2025
- https://setouchi-artfest.jp/place/teshima/
- 唐櫃岡の清水から楽しむ豊島 — note(てっさん)
- https://note.com/mt_tetsu/n/ne29b33cddc79
- 唐櫃の清水と荒神宮 — 四国観光スポットblog
- http://shikoku4ken88.livedoor.blog/archives/17902794.html
- 唐櫃の清水 — 香川県(さぬきの名水)
- https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/29925/27.pdf
最終更新日: 2026.03.26