灯台から四半世紀を経て築かれた門
男木島灯台の敷地に建つものの多くは、灯塔が備讃瀬戸に初めて光を放った明治28年(1895年)にさかのぼる。表門と塀はそれより遅く、大正8年(1919年)に築かれた。この二十数年の隔たりは材料に表れている。灯台が庵治石一色であるのに対し、門と塀はコンクリート、煉瓦、安山岩を地元の石とともに用いている。
令和3年(2021年)10月14日、表門及び塀として登録有形文化財に登録された。
複数の石が組み合わさる入口
門は敷地の西辺に開く。門柱はモルタル塗のコンクリート造で、約0.7メートル角の柱を一対とし、頂部を低い四角錐に収める。柱の間の間口は2.7メートル。門柱から海側へ塀が延び、総延長はおよそ82メートルに及ぶ。塀は場所によって表情を変える。海側は安山岩を練積とし、笠石には庵治石の切石を据える。門脇は煉瓦積のモルタル塗で、細い目地を刻む。門構えのモルタル面は無装飾のまま仕上げられ、入口に重厚な構えを与えている。
男木島灯台は、全国に三基しかない無塗装の石造灯台の一つで、他の二基は山口県にある。門と塀もその抑制のきいた造りを分かち持つ。令和8年(2026年)1月には灯台と関連施設が国の重要文化財に指定され、敷地を囲うこの構造物もそこに含まれる要素として位置づけられている。
見どころ
西から近づき、一対の角柱の間を抜ける。飾り気のなさこそが見どころだ。彫刻的な柱頭も銘板もなく、モルタルと鈍い四角錐の笠があるだけである。そのまま塀を海の方へたどると、手のひらに触れる材が煉瓦から安山岩へと移り、頂部には淡い庵治石の切石が笠石として一筋通っているのがわかる。
塀の先には水路が開ける。この備讃瀬戸は明石海峡に次いで全国屈指の船舶交通量を抱える海域で、門越しの眺めが静止することはめったにない。塀が引く境界は静かだが、その向こうの海は絶えず動いている。
Q&A
- 表門及び塀はいつ築かれましたか。
- 大正8年(1919年)です。灯台本体が竣工した明治28年(1895年)から、およそ24年後にあたります。
- 門と塀は何でできていますか。
- 門柱はモルタル塗のコンクリート造です。塀は安山岩と煉瓦を組み合わせ、笠石に庵治石の切石を用い、総延長は約82メートルに及びます。
- なぜ入口はこれほど簡素なのですか。
- モルタル面を無装飾で仕上げているためで、灯台施設の実用的な性格に合った、意図的に重厚で飾らない構えとなっています。
- どうやって行けばよいですか。
- 高松港からフェリーで男木島へ渡り、島北端の灯台敷地へ向かいます。門は敷地の西側に開いています。
基本情報
| 名称 | 男木島灯台表門及び塀(おぎしまとうだいおもてもんおよびへい) |
|---|---|
| 所在地 | 香川県高松市男木町字洲鼻1062-1他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録年月日:令和3年(2021年)10月14日 |
| 構造・規模 | 表門:コンクリート造、間口2.7メートル/塀:石造及び煉瓦造、総延長約82メートル、1基 |
| 建設 | 大正8年(1919年) |
| 所有 | 第六管区海上保安本部、高松市 |
| アクセス | 高松港からフェリーで男木島へ。島の北端に位置 |
参考文献
- 文化庁 近代の文化遺産の保存と活用 男木島灯台表門及び塀
- https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/044/index.html
- 文化庁 近代の文化遺産の保存と活用 男木島灯台
- https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/041/index.html
最終更新日: 2026.07.10