7世紀の円墳の副葬品 ― 1952年に国宝

宮地嶽古墳出土品は、福岡県福津市の宮地嶽神社境内にある宮地嶽古墳から出土した副葬品で、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定された。それに先立つ1936年(昭和11年)9月18日には重要文化財となっている。種別は考古資料である。

福岡県の記録は、この出土品をこう評する。宮地嶽古墳は石室全長約22メートルにも達する巨石墳である。金銅装馬具・金銅刀装具・緑瑠璃板・金銅透冠を代表とする数多くの優品が出土した。金銅装の豪華な馬具は、各種文様を薄肉彫りするなど装飾性に富む。特に、忍冬文を表した壺鐙のフォルムの優美さは比類ない。頭椎大刀は推定全長2.8メートルという巨大刀である。歩揺を垂下した冠は、透彫りによって流雲文の間に竜を配置したもので、精巧を極める。

指定の品目は、金銅鞍金具残欠、金銅壺鐙、金銅鏡板付轡、金銅杏葉残欠、銅鎖、金銅装頭椎大刀(大形)残欠、金銅装頭椎大刀残欠、金銅透彫冠残欠、金環、緑瑠璃丸玉、蓋付銅鋺、銅盤残欠、土師器、長方形緑瑠璃板残欠、緑瑠璃板断片などである。残欠が多く含まれるのは、後述する開口の経緯による。

石室の長さは全国2位

宮地嶽古墳は7世紀前半頃の築造とされる円墳で、内部に横穴式石室を設ける。石室の長さは約22メートルから24メートルとされ、奈良県の五条野丸山古墳(見瀬丸山古墳)に次いで全国2位である。

直径についての記載は資料により幅がある。約30メートルとする記録と、それを上回る値を挙げる記録があり、本稿はいずれも採らずに幅があることを記すにとどめる。

7世紀の円墳としては大型であり、石室の規模がそれを裏づける。副葬品の豪華さと石室の大きさが対応している。

早くから開口していた石室

この石室は、江戸時代より不動明王を祀る不動神社(穴不動)が営まれており、かなり古い時期に開口していたとみられる。

通常、早くに開口した石室では副葬品が散逸する。しかしここでは、石室からの出土遺物の多くが散逸することなく現在まで伝えられた。信仰の場として使われ続けたことが、副葬品を残したという経緯である。

江戸時代末に古墳が発見された際、馬具や装身具など300点を超える副葬品が見つかり、その一部が国宝に指定されている。指定品に残欠が多いのは、開口後の長い年月を経ているためである。

現在も石室は宮地嶽神社の奥之宮八社のうち三番社「不動神社」として、不動明王を祀る場となっている。古墳が神社の一部として機能し続けている点が、この遺跡の特徴にあたる。

被葬者は明らかでない

宮地嶽古墳の被葬者を示す遺物は出土していない。

宗像地域の古代氏族である胸肩君の首長と推定され、具体的には胸肩君徳善とする説が挙げられる。ただしこれは推定であって確定していない。

出土品のうち頭椎大刀は関東地方に分布の中心がある遺物だが、九州では北部九州でも宗像地域に集中して分布する。他の遺物でも宗像地域に集中する傾向が見られ、後の「宗形郡」の原型となるまとまりが6世紀代には形成されていたことが示唆される。

ガラス板など、近畿では発見されていない遺物も含まれる。この地の豪族が独自に大陸との交流を持っていたことをうかがわせる。

鑑賞

出土品は宮地嶽神社が所蔵し、東京国立博物館を経て九州国立博物館に寄託されている。展示の有無と時期は博物館の予定によるため、訪問前に確認したい。

宮地嶽古墳そのものは宮地嶽神社の境内にあり、不動神社として参拝できる。石室の内部に入れる古墳としては全国で最も長い石室とされる。遺物は博物館、石室は神社と、見る場所が分かれている。

特別展で一堂に集められることがある。大野城心のふるさと館で開催された特別展のように、国宝が一括して展示される機会がある。

交通はJR鹿児島本線の福間駅からバスで約7分、宮地嶽神社前下車である。

Q&A

Q宮地嶽古墳出土品はいつ国宝に指定されましたか。
A1952年(昭和27年)3月29日です。それに先立つ1936年(昭和11年)9月18日に重要文化財となっています。種別は考古資料で、古墳の築造は7世紀前半頃とされます。
Qどのような品が指定されていますか。
A金銅鞍金具残欠、金銅壺鐙、金銅鏡板付轡、金銅杏葉残欠、銅鎖、金銅装頭椎大刀の残欠2口分、金銅透彫冠残欠、金環、緑瑠璃丸玉、蓋付銅鋺、銅盤残欠、土師器、緑瑠璃板残欠などです。福岡県は忍冬文を表した壺鐙のフォルムを比類ないと評しています。
Q宮地嶽古墳の石室はどのくらいの大きさですか。
A石室の長さは約22メートルから24メートルとされ、奈良県の五条野丸山古墳に次いで全国2位です。7世紀前半頃の円墳で、内部に横穴式石室を設けます。直径については約30メートルとする記録と、それを上回る値を挙げる記録があります。
Qなぜ副葬品が残ったのですか。
A石室はかなり古い時期に開口していたとみられますが、江戸時代より不動明王を祀る不動神社が営まれ、信仰の場として使われ続けました。そのため出土遺物の多くが散逸することなく伝えられています。指定品に残欠が多いのは、開口後の長い年月を経ているためです。
Q出土品はどこで見られますか。
A宮地嶽神社が所蔵し、九州国立博物館に寄託されています。展示の有無と時期は博物館の予定によるため事前に確認してください。古墳そのものは宮地嶽神社の境内にあり、不動神社として参拝できます。JR福間駅からバスで約7分です。

基本情報

名称宮地嶽古墳出土品(みやじだけこふんしゅつどひん)
所在地福岡県太宰府市石坂4-7-2 九州国立博物館(宮地嶽神社所蔵、寄託)
指定区分国宝(考古資料)
指定年1936年(昭和11年)9月18日 重要文化財/1952年(昭和27年)3月29日 国宝
員数一括
寸法金銅鞍金具残欠、金銅壺鐙、金銅鏡板付轡、金銅杏葉残欠、銅鎖、金銅装頭椎大刀残欠2口分、金銅透彫冠残欠、金環、緑瑠璃丸玉、蓋付銅鋺、銅盤残欠、土師器、緑瑠璃板残欠など。頭椎大刀は推定全長2.8メートル。古墳時代、7世紀前半
所有者宮地嶽神社
公開状況九州国立博物館に寄託。展示の有無と時期は博物館の予定による。古墳の石室は宮地嶽神社境内の不動神社として参拝できる

参考文献

福岡県文化財データベース 宮地嶽古墳出土品
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=1&id=45
文化庁 国指定文化財等データベース 宮地嶽古墳出土品
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/841
宮地嶽神社 公式サイト
https://www.miyajidake.or.jp/
九州国立博物館 公式サイト
https://www.kyuhaku.jp/

最終更新日: 2026.09.03