醍醐寺文書聖教とは:奈良時代から明治時代に及ぶ、6万9千点余りの聖教と文書
醍醐寺文書聖教(だいごじもんじょしょうぎょう)は、京都府京都市伏見区の醍醐寺に伝来する、奈良時代から明治時代にかけての聖教類と文書で、平成25年(2013年)6月19日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、紙本墨書で、員数は69,393点、所有者は醍醐寺である。平成12年(2000年)6月27日に重要文化財に指定されたのち国宝となった。
文化庁によると、醍醐寺にまとまって伝来する聖教類と文書で、その内容は醍醐寺の歴史を反映して多岐にわたる。
醍醐寺文書聖教の内容
文化庁の記録によると、奈良時代から平安、鎌倉、南北朝、室町、安土桃山、江戸、明治の各時代にわたる、紙本墨書の資料である。
員数は69,393点に及ぶ。
醍醐寺文書聖教の見どころ
文化庁は、質量ともに日本の寺院に伝来する聖教類・文書のうちでも屈指のもので、宗教史上のみならず、国文学、歴史学上にも学術的価値の高いものであるとしている。
一つの寺院にまとまって伝わった膨大な資料として、醍醐寺の歴史を今に伝えている。
醍醐寺文書聖教の見学方法
文書聖教は醍醐寺が所有しており、常時公開されているわけではない。公開の機会は醍醐寺霊宝館などの案内で確かめたい。
Q&A
- 醍醐寺文書聖教はいつ国宝に指定されましたか?
- 平成25年(2013年)6月19日に国宝に指定されました。
- 醍醐寺文書聖教は何点ありますか?
- 69,393点です。
- どの時代の資料ですか?
- 奈良時代から明治時代に及びます。
- 醍醐寺文書聖教の価値は?
- 質量ともに日本の寺院伝来の聖教・文書のうち屈指のもので、宗教史・国文学・歴史学上の価値が高いとされます。
- 醍醐寺文書聖教はいつ重要文化財になったのですか?
- 平成12年(2000年)6月27日です。
基本情報
| 名称 | 醍醐寺文書聖教(だいごじもんじょしょうぎょう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市伏見区醍醐伽藍町1(醍醐寺) |
| 指定区分 | 国宝(古文書) |
| 指定年 | 平成25年(2013年)6月19日指定 |
| 員数 | 69,393点 |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし |
| 所有者 | 醍醐寺 |
| 公開状況 | 常時公開ではない |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「醍醐寺文書聖教」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00011577
- 文化遺産オンライン「醍醐寺文書聖教」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/259292
最終更新日: 2026.09.30