正傳寺本堂とは
正傳寺本堂は、京都府京都市北区西賀茂鎮守庵町にある桃山時代(1596〜1614年)の寺院の本堂で、明治37年(1904年)2月18日に国の重要文化財に指定された(文化庁)。読みは「しょうでんじほんどう」。
文化庁の記録では、桁行13.8メートル、梁間10.0メートル、一重、入母屋造、こけら葺。指定番号は00275である。
文化庁の記録にある明治37年(1904年)の指定日は、旧法による指定の日付である。
伏見城の遺構と伝える本堂
京都市によれば、正傳寺は1268年に烏丸今出川で創建され、1282年に現在地へ移った。本堂は伏見城の遺構で、1600年に鳥居元忠らが自刃した伏見城の廊下を移したとされる「血天井」が見られる。
本堂は桁行13.8メートル、梁間10.0メートルの一重、入母屋造で、屋根をこけら葺とする(文化庁)。文化庁の記録では桃山時代の建築とされる。
重要文化財としての価値
文化庁は、桃山時代の入母屋造、こけら葺の本堂を重要文化財としている。文化庁の記録に解説文はなく、構造欄と年代が指定の内容を伝える。
見どころ
伏見城の廊下の板を移したとされる「血天井」が見どころである(京都市)。こけら葺の入母屋屋根の軒の薄さにも注目したい。
見学について
正傳寺が所有する(文化庁)。京都市は、本堂前に比叡山を借景とした庭があると紹介している。拝観の時間や料金について公的な案内は確認できなかった。
Q&A
- 正傳寺本堂はいつ建てられましたか?
- 桃山時代(1596〜1614年)です(文化庁)。
- 正傳寺本堂はどこから来た建物ですか?
- 伏見城の遺構とされます(京都市)。
- 「血天井」とは何ですか?
- 1600年に伏見城で武士たちが自刃した廊下の板を、天井に移したものとされます(京都市)。
- 正傳寺はどこにありますか?
- 京都市北区西賀茂鎮守庵町にあります(文化庁)。
- 正傳寺本堂が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 明治37年(1904年)2月18日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 正傳寺本堂(しょうでんじほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市北区西賀茂鎮守庵町 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 明治37年(1904年)2月18日指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行13.8m、梁間10.0m、一重、入母屋造、こけら葺 |
| 所有者 | 正傳寺 |
| 公開状況 | 拝観時間・料金の公的な案内は未確認 |
参考文献
- 正傳寺本堂(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1589
- 京都の歴史・文化を巡るウォーキングマップ(京都市)
- https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/cmsfiles/contents/0000148/148088/17-01.pdf
最終更新日: 2026.10.19