櫛田川に張り出す客座敷

田中家住宅前座敷(洗耳亭)は、三重県松阪市飯高町波瀬の田中家の屋敷のうち、旧和歌山街道の南側の敷地に明治16年(1883年)に建てられた客座敷で、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財に登録された。洗耳亭(せんじてい)の名で呼ばれる。

木造平屋建の瓦葺で、建築面積は116平方メートル。切妻造の西棟と入母屋造の東棟からなり、明治40年(1907年)頃に増築を受けている。

渓流を借景に取り込む数寄屋座敷

田中家住宅前座敷は、街道に面した表納屋の背後、櫛田川に面した敷地の南側に建ち、一部を石垣の上から川側へ張り出している。文化庁の解説は、上質な数寄屋の座敷であり、川側を開け放つようにつくって渓流の眺めを借景に取り込んでいる点を評価する。

屋敷の建物の大半は明治29年(1896年)以降の整備によるが、洗耳亭はそれより古く、登録された11件のうちで最も早い年代をもつ。田中家が酒造業をやめる明治18年(1885年)より前の建物でもある。

高い石垣の上に雁行する外観

田中家住宅前座敷(洗耳亭)の西棟と東棟は、少しずつずれながら斜めに並ぶ雁行の配置をとる。文化庁の解説は、高い石垣の上に雁行する外観が、自然の景観と融け合う印象的な屋敷構えをつくっていると述べる。田中家資料館の公式サイトは、2本の支柱に支えられて石垣の上に建つ洗耳亭の姿を紹介している。

座敷からは川の流れを見下ろし、外からは石垣と座敷が一続きの姿になる。洗耳という語は、俗事を聞いた耳を川で洗ったという中国の隠者許由の故事で知られるが、この座敷の命名の由来は公式の資料には記されていない。

田中家住宅前座敷(洗耳亭)の見学

洗耳亭は常時公開ではなく、田中家資料館が公開日を設けて開けてきた。資料館の告知では、令和7年(2025年)4月19日・20日と令和8年(2026年)4月18日に洗耳亭の公開が行われた。次の公開予定は資料館の公式サイトで確かめたい。

外観は、街道側からは表納屋の陰になって見えにくい。三重県の資料は洗耳亭と石垣を南から写しており、全体の姿は櫛田川の側からとらえられると考えられる。

Q&A

Q田中家住宅前座敷(洗耳亭)はいつ建てられましたか?
A明治16年(1883年)の建築で、明治40年(1907年)頃に増築されています。
Q田中家住宅前座敷(洗耳亭)はどのような建物ですか?
A切妻造の西棟と入母屋造の東棟からなる数寄屋風の客座敷で、櫛田川側を開放的につくり、渓流の眺めを借景に取り込んでいます。
Q田中家住宅前座敷(洗耳亭)は見学できますか?
A常時公開ではなく、田中家資料館が公開日を設けて公開してきました(令和7年(2025年)4月、令和8年(2026年)4月など)。
Q田中家住宅前座敷(洗耳亭)はどこにありますか?
A旧和歌山街道の南側の敷地で、表納屋の背後、櫛田川に面した石垣の上に一部を張り出して建っています。
Q田中家住宅前座敷(洗耳亭)はなぜ登録されたのですか?
A渓流の眺望を取り込む上質な数寄屋座敷として、平成30年(2018年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。

基本情報

名称田中家住宅前座敷(洗耳亭)
所在地三重県松阪市飯高町波瀬212
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)11月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積116平方メートル
所有者個人(松阪市の資料による。文化庁データベースは空欄)
公開状況公開日を設けて公開(田中家資料館)

参考文献

国指定文化財等データベース 田中家住宅前座敷(洗耳亭)(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012568
田中家住宅主屋ほか10件(松阪市 文化情報)
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/tanakakejyutaku01.html
三重県関係で国の登録有形文化財(建造物)の新登録の答申が行われるものの概要(三重県)
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000792558.pdf
波瀬 田中家資料館(公式サイト)
https://www.tanakahazemuseum.com/

最終更新日: 2026.09.26