梅田家住宅主屋とは

梅田家住宅主屋(うめだけじゅうたくしゅおく)は、三重県名張市上八町の初瀬街道に面して建つ慶応2年(1866年)の町家の主屋で、平成24年(2012年)8月13日に登録有形文化財となった。梅田家住宅の4棟のうち、街道に向けて屋敷の顔をつくる中心の建物である。

建物は街道に東を向けて建ち、間口にあたる桁行が6間半、奥行にあたる梁間が5間ある。屋根は切妻造の桟瓦葺で、正面には下屋が張り出す。建築面積は155平方メートル。慶応2年に建てられたのち、大正後期(1919年から1926年)に増築され、昭和35年(1960年)に改修を受けている。

登録の理由と価値

梅田家住宅主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、主屋が初瀬街道沿いの町並みの中で幕末の町家の外観を保っている点に注目している。北隣の表蔵と並ぶ姿は、同じ解説の中で大型町家の景観として評価されている。

間取りは、北寄りに間口2間の玄関を開き、そこから奥へ通り庭を通す。土間の南側には8畳の部屋を4室、田の字に組んで並べる。商いの家が通りから奥へ土間を延ばし、その脇に居室をまとめるという町家の基本形が、幕末の建物でよくそろって残っている。

文化庁のデータベースは、構造欄で梅田家住宅主屋を「木造平屋建」とし、解説文では「つし二階建」と記している。つし二階は天井の低い屋根裏の階のことで、居室としての2階とは区別して扱われる。

外観の見どころ

梅田家住宅主屋の正面に立つと、まず建ちの低さに気づく。2階の軒が低く抑えられ、街道を歩く人の目線に近い高さで屋根が終わっている。幕末の名張の町家が、通りに対してどのくらいの背丈で建っていたかがよく分かる。

1階は出格子で、細い格子が通りに向かって並ぶ。2階は壁を塗り籠め、虫籠窓を開けている。格子の軽さと、塗り込めた2階の重さとが上下で対比をなしている。

主屋の北側には表蔵が接して建ち、主屋の玄関土間から表蔵へ戸口が通じている。街道から見ると、主屋の平入の屋根と、表蔵の妻入の屋根が並ぶ。この2棟をひと続きに眺めると、梅田家の表構えの幅がつかめる。

梅田家住宅主屋の見学

梅田家住宅主屋は個人の住まいで、内部は公開されていない。田の字に並ぶ座敷や通り土間を見ることはできない。

見学できるのは、初瀬街道から眺める主屋の外観である。出格子と虫籠窓を見るなら、街道の向かい側に立つと正面全体が視野に入る。北側の表蔵と並んだ姿を収めるには、少し北へ寄って斜めから見るとよい。撮影は公道からにとどめ、玄関先に立ち止まらないよう気を配りたい。

Q&A

Q梅田家住宅主屋はいつ建てられたのですか?
A慶応2年(1866年)の建築です。大正後期(1919年から1926年)に増築され、昭和35年(1960年)に改修されています。
Q梅田家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A初瀬街道沿いで幕末の町家の外観を保ち、地域の歴史的な景観に寄与していることが評価されました。平成24年(2012年)8月13日に登録されています。
Q梅田家住宅主屋の中を見学できますか?
Aできません。個人の住まいで、内部は公開されていません。見られるのは初瀬街道から眺める外観です。
Q梅田家住宅主屋の外観はどこに注目すればよいですか?
A低く抑えた2階の軒、1階の出格子、2階の塗り籠めた壁に開く虫籠窓の3点です。北隣の表蔵と並ぶ表構えも見どころです。
Q梅田家住宅主屋の写真は撮れますか?
A公道から外観を撮ることはできます。住まいなので、敷地に入ったり玄関先に長く立ち止まったりしないようにしてください。

基本情報

名称梅田家住宅主屋
所在地三重県名張市上八町1648
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成24年(2012年)8月13日登録
員数1棟
寸法建築面積155平方メートル、桁行6間半・梁間5間
所有者個人
公開状況非公開(外観は初瀬街道から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース 梅田家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009307
国指定文化財等データベース 梅田家住宅表蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009308
文化遺産オンライン 梅田家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/277840
名張市 名張市指定文化財一覧(PDF)
https://www.city.nabari.lg.jp/s061/010/020/000/030/R7shiteibunnkazaiitirann64.pdf

最終更新日: 2026.10.03