五千年を経てほぼ完全な姿で見つかった土偶
昭和61年(1986)、八ヶ岳西麓に広がる工業団地の造成にあたって、長野県茅野市米沢の棚畑遺跡で発掘調査が進められた。その縄文集落の中央広場にあたる一画から、横たわるように埋められた高さ27センチメートルの土偶が出土する。後に「縄文のビーナス」の愛称で知られるこの像は、国の指定上は「土偶」という名称で登録されている。
棚畑遺跡は市内でも最大級の規模をもち、縄文時代前期から江戸時代に至る生活の跡が確認された。とりわけ豊富だったのが、今から約5000年から4000年前とされる縄文時代中期の資料である。確認された住居址は150軒を超え、復元された土器は600点に及ぶ。この土偶も、そうした環状集落の広場に設けられた土坑の一つに納められていた。出土の状況からは、捨てられたのではなく意図的に埋められたものと考えられている。
注目されたのは、その保存状態である。土偶の多くは手足や胴の一部を欠いた状態で見つかり、儀礼の過程で人為的に壊されたとみる研究者も少なくない。これに対して本像はほぼ完形で出土した。大きさと仕上げの丁寧さに加え、この完全さが発見当初から本像を際立たせた。
縄文時代の遺物として初の国宝
本像は平成元年(1989)6月12日に重要文化財に指定され、平成7年(1995)6月15日に国宝へと格上げされた。後者の年月日には特別な意味がある。それまで縄文時代の遺跡から出土した品が国宝とされた例はなく、本像がその最初の一件となった。国宝に指定された土偶は全国でわずか5体であり、そのうち2体、すなわちこの縄文のビーナスと、平成26年(2014)指定の仮面の女神を、茅野市尖石縄文考古館が所蔵している。
価値の根拠は希少性だけにとどまらない。製作者は粘土に細かな雲母片を練り込んでおり、よく磨かれた表面はいまも光を受けて淡く輝く。雲母を用いた土偶の例は多くない。造形にも明確な意図が読み取れる。重く張り出した下半身が立像に低く安定した重心を与え、小さな頭部や横へ広げた細い腕と対をなす。膨らんだ腹部と腰を妊婦の身体とみる見方が一般的で、多くの研究者は多産や集団の存続に関わる像と解釈するが、込められた信仰の具体的な内容は推測の域を出ない。
間近で確かめたい見どころ
展示ケースの前に立つと、まず視線を引くのは顔である。平らなハート形の面をつけたような造作で、目尻を吊り上げた細い目、針で刺したような小さな鼻孔をもつ尖った鼻、小さくすぼめた口が表される。これは八ヶ岳山麓の縄文時代中期の土偶に共通する顔立ちであり、個別の表情というより一帯の様式を反映している。耳にあたる位置には小さな孔があけられており、かつて何らかの飾りを下げていた可能性が指摘されている。
頭頂部にも目を向けたい。上部は平らに作られ、円形の渦巻き文が刻まれている。これは本像で唯一の文様である。帽子と見るか髪型と見るかについては解釈が分かれる。その下の体部には文様がなく、表面は丁寧に研磨されている。
輪郭線もゆっくり眺めてほしい。広がった腰と地に着いた姿勢は造形上の偶然ではなく、現実的な要請への答えである。これほどの大きさの土偶が自立するには、安定した基部が欠かせない。側面から見ると背がゆるやかに曲がり、重心が低い位置に落ち着く。作り手が三次元の見え方を意識して形を起こしたことがうかがえる。
考古館と周辺の縄文世界
縄文のビーナスは、長野県茅野市の尖石縄文考古館に展示されている。考古館は平成12年(2000)に現在地で開館し、国の特別史跡である尖石遺跡の一角に位置する。館内では、深鉢形の土器や磨製石器、黒曜石を打ち欠いて作られた石器など、市内の縄文遺跡から出土したおよそ2000点の資料が並ぶ。黒曜石は火山がもたらしたガラス質の石で、八ヶ岳一帯は先史時代に中部日本の広い範囲へこの石を供給した産地であった。
ビーナスは専用の展示室に安置されている。高さ34センチメートルで縄文時代後期に位置づけられる仮面の女神は、伴出した土器とともに別室で公開されている。屋外に出て少し歩けば、隣接する与助尾根遺跡に復元された竪穴住居があり、縄文の住まいの内部に立つこともできる。仮面の女神が出土した中ッ原遺跡は、車でおよそ10分の距離にあり、駐車場を備えて保存されている。
ここはゆっくり時間をかけて訪れたい場所である。考古館から望む八ヶ岳山麓の眺めは、これらの像が作られた五千年ほど前から大きくは変わっていない。周囲の丘陵には、いまもドングリを実らせる落葉広葉樹の森や、鹿・川魚といった、当時の人々を養った資源が残る。近くには日帰り温泉や農産物の直売所もあり、半日かけて巡る拠点になる。
Q&A
- 実物を見ることはできますか。展示はレプリカですか。
- 実物が茅野市尖石縄文考古館に常設展示されており、専用の展示室で公開されています。同館はもう一つの国宝土偶、仮面の女神も所蔵しています。
- いつ頃のもので、どのように発見されたのですか。
- 縄文時代中期、今からおよそ5000年から4000年前の作です。昭和61年(1986)に棚畑遺跡の造成にともなう調査で、集落中央の土坑からほぼ完形で出土しました。
- なぜ「縄文のビーナス」と呼ばれるのですか。
- 丸みを帯びた豊かな体つきが妊婦の姿と解され、多産に結びつけて理解されてきたことに由来する愛称です。指定上の名称は「土偶」です。
- 考古館へのアクセスを教えてください。
- JR茅野駅からアルピコ交通のバスで約20分、尖石縄文考古館前で下車してすぐです。中央自動車道諏訪インターチェンジからは車で約25分です。バスの本数は多くないため、事前に時刻を確認してください。
- 撮影はできますか。
- 撮影の可否は展示や時期によって変わることがあります。来館時に受付で最新の取り扱いを確認してください。
基本情報
| 指定名称 | 土偶(愛称・縄文のビーナス) |
|---|---|
| 種別 | 考古資料(国宝) |
| 員数 | 1箇 |
| 時代 | 縄文時代中期(約5000〜4000年前) |
| 出土地 | 長野県茅野市米沢 棚畑遺跡(昭和61年・1986) |
| 寸法 | 高さ約27センチメートル/重さ約2.14キログラム |
| 指定年月日 | 重要文化財 平成元年(1989)6月12日/国宝 平成7年(1995)6月15日 |
| 所有者 | 茅野市 |
| 所在・公開 | 茅野市尖石縄文考古館(長野県茅野市豊平4734-132) |
| 開館時間 | 午前9時〜午後4時30分(観覧は午後5時まで)。休館日は月曜(休日の場合を除く)、祝日の翌日、年末年始(12月29日〜1月3日) |
| 観覧料 | 500円(一般) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 土偶(棚畑遺跡出土)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10063
- 茅野市 国宝「土偶」(縄文のビーナス)
- https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/1755.html
- 茅野市 尖石縄文考古館 開館時間・休館日・観覧料
- https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/1795.html
- 文化庁 日本遺産ポータルサイト 土偶「縄文のビーナス」
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3850/
最終更新日: 2026.06.12