名前に水車の記憶を残す小屋

平松家住宅車屋(旧水車小屋)は、長野県上高井郡小布施町大字小布施にある江戸時代末期の木造平屋建の小屋で、平成23年(2011年)10月28日に登録有形文化財となった。建築年代は1830年から1868年の間とされる。

屋敷地の南面、道路沿いの西の端に位置し、東隣には南土蔵が建つ。桁行5.3メートル、梁間3.0メートル、建築面積は31平方メートル。読みは「くるまや(きゅうすいしゃごや)」である。

「車屋」の「車」は水車を指す。名称の括弧書きが示すとおり、この建物はかつて水車を据えた小屋として使われていた。水車の回る力は、農家では一般に米搗きや粉挽きに利用されたが、平松家住宅車屋でどのような作業が行われていたのかを具体的に記した一次資料は見当たらず、水車の設備が現在も残っているかどうかも公表された資料では確認できない。

下屋を葺き下ろした簡素な構え

平松家住宅車屋の屋根は切妻造の桟瓦葺である。北側では屋根をそのまま長く葺き下ろして下屋とし、その下に出入口を開いている。桁行と梁間から出る面積よりも建築面積がかなり大きいのは、この下屋のぶんが加わるためと考えられる。

外壁は中塗仕上げで、隣の南土蔵と同じく漆喰の白い上塗りを施さない。土の色の壁と瓦の屋根という組み合わせが、道路沿いの3棟に共通する外観になっている。

道路沿いの並びをつくる一棟

文化庁の解説が平松家住宅車屋について強調するのは、単体の意匠よりも並びである。蚕室、南土蔵と軒を並べて建ち、道路沿いの歴史的な景観を構成する、というのが評価の要点で、登録基準も「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とされている。

西から車屋、南土蔵、蚕室と続く南面の並びは、平屋の車屋、2階建の土蔵、建ちの高い2階建の蚕室と続く。そのなかで、西の端の低い軒を受け持つのが平松家住宅車屋である。

小さく低い建物だが、これが抜けると並びの端が切れてしまう。3棟で一つの表構えになっていることを意識して眺めると、この建物の役割がよく分かる。

平松家住宅車屋の見学方法

平松家住宅車屋は南の道路に面しているため、外から姿を確かめやすい。ただし出入口と下屋は北側、屋敷の内側にあり、道路から見えるのは主に南面の壁と切妻の屋根になる。

道路を東西に少し歩いて、南土蔵・蚕室との並びを斜めから見ると、軒の高さの違いがよく分かる。内部は公開されておらず、敷地にも入れない。

屋敷への行き方と全体の見学条件は、平松家住宅のページにまとめてある。

よくある質問

Q平松家住宅車屋(旧水車小屋)の「車屋」とはどういう意味ですか。
A「車」は水車のことで、平松家住宅車屋はかつて水車小屋として使われていました。名称の括弧書き「旧水車小屋」がその用途を示しています。
Q平松家住宅車屋に水車は残っていますか。
A公表された資料では確認できません。文化庁のデータベースは、平松家住宅車屋を木造平屋建、切妻造桟瓦葺の小屋として記載しており、水車の設備には触れていません。
Q平松家住宅車屋は道路から見えますか。
A見えます。敷地南面の道路沿いに建ち、南土蔵・蚕室と並んでいます。出入口のある北側は屋敷の内側です。
Q平松家住宅車屋はいつ建てられましたか。
A江戸時代末期で、1830年から1868年の間とされます。
Q平松家住宅車屋はいつ登録有形文化財になりましたか。
A平成23年、西暦2011年の10月28日です。登録番号は20-0409です。

基本データ

名称平松家住宅車屋(旧水車小屋)
所在地長野県上高井郡小布施町大字小布施1947
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)10月28日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、桁行5.3メートル、梁間3.0メートル、建築面積31平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。道路から南面の外観を見学できる

参考文献

国指定文化財等データベース 平松家住宅車屋(旧水車小屋)(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009012
文化遺産オンライン 平松家住宅車屋(旧水車小屋)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/226692
町の文化財紹介(小布施町)
https://www.town.obuse.nagano.jp/docs/2739.html

最終更新日: 2026.09.25