横湯川第五七号堰堤とは
横湯川第五七号堰堤は、長野県下高井郡山ノ内町の渋温泉の上手を流れる横湯川に昭和2年(1927年)に築かれた重力式コンクリート造の砂防堰堤で、令和3年(2021年)10月14日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。堤長58メートル、堤高2.0メートルで、所有者は長野県である。
位置は第五〇号堰堤の約230メートル上流で、横湯川石積堰堤群のうちもっとも上流にある。堤長58メートルは8基の中でいちばん長い。
上流五分・下流三分の断面
横湯川第五七号堰堤は、文化庁の解説に断面の勾配まで記されている点で、8基の中でも珍しい。上流側の法面は五分、下流側は三分の勾配である。五分は高さ1に対して水平に0.5、三分は高さ1に対して0.3の傾きを表す。
つまり上流側はゆるやかに寝かせ、下流側はより切り立たせている。高さ2.0メートルの堤体なら、上流側の裾は天端から1メートル、下流側は60センチメートルほど張り出す計算になる。砂防堰堤では、越えてくる石や砂利に削られる下流面を立て気味にするのが一般的とされ、横湯川第五七号堰堤もその形をとっている。
表面は自然石で築かれている。8基の中でもっとも長い58メートルの堤体が、自然石の面で川幅を横切る。
信濃川水系の治水の一環として
横湯川は夜間瀬川を経て千曲川に入り、新潟県で信濃川となって日本海に注ぐ。文化庁の解説は、横湯川第五七号堰堤を信濃川水系の治水の一環として内務省が整えた堰堤と位置づけている。上流の荒れた谷から出る土砂は、横湯川だけでなく下流の大きな川にも影響を及ぼす。山あいの小さな堰堤が、水系全体の治水の一部を担っていたことになる。
解説はまた、横湯川第五七号堰堤が今なお防災の役割を果たしていると記す。昭和2年(1927年)の完成から、川の最上手で土砂を受け止め続けている。
横湯川第五七号堰堤が登録された理由
横湯川第五七号堰堤の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は20-0598である。内務省の直轄工事の姿を残し、完成から現在まで防災施設として働き続けていることが評価された。
横湯川第五七号堰堤の見学
横湯川第五七号堰堤は和合橋から200メートル余り上流にある。屋外の砂防施設で見学料はなく、道路や橋から外観を見る形になる。文化庁の登録写真は、正面を右岸側から、背面を上流側から写している。8基の中で背面を上流側から写しているのはこの堰堤だけである。川原へ降りる道の案内はなく、増水時は川に近づかないこと。渋温泉への行き方は横湯川石積堰堤群のページにまとめてある。
Q&A
- 横湯川第五七号堰堤はいつ造られましたか?
- 昭和2年(1927年)に内務省が築きました。
- 横湯川第五七号堰堤はどこにありますか?
- 長野県山ノ内町の渋温泉、和合橋から200メートル余り上流の横湯川にあります。横湯川石積堰堤群でもっとも上流の1基です。
- 横湯川第五七号堰堤の大きさは?
- 堤長58メートル、堤高2.0メートルで、8基の中でもっとも長い堰堤です。
- 横湯川第五七号堰堤の法勾配はどうなっていますか?
- 上流側が五分(高さ1に対して水平0.5)、下流側が三分(高さ1に対して水平0.3)で、下流側を切り立たせています。
- 横湯川第五七号堰堤は今も使われていますか?
- はい。文化庁の解説は、今なお防災機能を発揮していると記しています。外観は道路や橋から見学でき、見学料はかかりません。
基本情報
| 名称 | 横湯川第五七号堰堤(よこゆがわだいごじゅうななごうえんてい) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県下高井郡山ノ内町大字平穏字横湯~字天川 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 堤長58メートル、堤高2.0メートル(重力式コンクリート造、上流法勾配五分・下流法勾配三分) |
| 所有者 | 長野県 |
| 公開状況 | 屋外の砂防施設。道路や橋から外観を見学できる(見学料なし) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)横湯川第五七号堰堤
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014011
- 文化遺産オンライン 横湯川第五七号堰堤
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/544551
- 長野県 水系別砂防事業の概要(PDF)
- https://www.pref.nagano.lg.jp/sabo/siryou/documents/04_4suikeisabo.pdf
最終更新日: 2026.10.01