小早川家住宅煉瓦塀とは
小早川家住宅煉瓦塀(こばやかわけじゅうたくれんがべい)は、長崎県島原市城内2丁目の武家屋敷の北面に明治時代後期(1898年から1912年ごろ)に築かれた煉瓦塀で、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財となった。高さは1.4から1.9メートル、総延長は32.1メートルである。
小早川家住宅煉瓦塀は、敷地の北側を区切る。東・南・西の三方が江戸時代の石塀で囲まれているなかで、北の一辺だけが赤い煉瓦になっている。
坂に合わせて3段に変わる高さ
敷地の北側の道路は傾斜している。小早川家住宅煉瓦塀は、その坂に沿って高さを3段階に変えながら積まれている。高さが最も低い部分で1.4メートル、最も高い部分で1.9メートルあり、坂の上下で塀の頂部が段を付けて移っていく。
塀の厚さは煉瓦半枚分しかない。煉瓦1個の幅ほどの薄い壁で、高さ1.9メートルに達する部分を立たせるため、要所の内側に控壁を設けて補強している。控壁は塀の内側にあるので、道路側からは一枚の平らな壁に見える。
道路の拡幅と明治の街路
文化庁の解説は、小早川家住宅煉瓦塀が明治期の道路拡幅に伴って築かれたと伝える。築造の経緯を示す記録は公表資料に挙がっておらず、この点は伝承として受け取っておきたい。
煉瓦塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁と長崎県は、この塀が明治期の街路景観を伝える点を評価している。江戸時代の石塀が三方を囲む屋敷に、明治の道路整備が煉瓦という新しい材料で一辺を書き加えた。小早川家住宅の外構のなかで、町の変化がいちばん直接に表れている部分である。
小早川家住宅煉瓦塀を見るには
小早川家住宅煉瓦塀は北側の道路に面しており、公開日でなくても外から見られる。坂の下から見上げると、塀の頂部が段を付けて下がっていく様子がいちばん分かりやすい。北西の隅では、西側の石塀と煉瓦塀が接しており、江戸時代の石と明治の煉瓦を一度に見比べられる。
道路は坂道なので、見上げるときは車の通行に注意したい。敷地の内側にある控壁は、島原市の一般公開の期間にしか見られない。
Q&A
- 小早川家住宅煉瓦塀はいつ、なぜ築かれましたか?
- 明治時代後期です。文化庁のデータベースは1898年から1912年の幅で示し、明治期の道路拡幅に伴って築かれたと伝えています。
- 小早川家住宅煉瓦塀の大きさはどれくらいですか?
- 高さ1.4から1.9メートル、総延長32.1メートルです。厚さは煉瓦半枚分で、内側の要所に控壁を設けています。
- 小早川家住宅煉瓦塀の高さが途中で変わるのはなぜですか?
- 北側の道路が傾斜しているためです。坂に沿って、塀の高さを3段階に変えて積んでいます。
- 小早川家住宅煉瓦塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 平成24年(2012年)2月23日に、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。
- 小早川家住宅煉瓦塀はどこから見られますか?
- 敷地北側の道路からいつでも見られます。坂の下から見上げると段の付き方が分かりやすく、北西の隅では石塀との境目も見られます。
基本情報
| 名称 | 小早川家住宅煉瓦塀(こばやかわけじゅうたくれんがべい) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県島原市城内2丁目1013 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 煉瓦造、高さ1.4から1.9メートル、総延長32.1メートル |
| 所有者 | 島原市 |
| 公開状況 | 道路から見学可(内側の控壁は島原市の一般公開の期間のみ) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 小早川家住宅煉瓦塀(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009239
- 長崎県の文化財 小早川家住宅(主屋・門・石塀・煉瓦塀)(長崎県)
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/255
最終更新日: 2026.09.28