小早川家住宅石塀とは
小早川家住宅石塀(こばやかわけじゅうたくいしべい)は、長崎県島原市城内2丁目の武家屋敷を囲む江戸時代後期(1751年から1830年ごろ)の石塀で、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財となった。高さは1.6メートル内外、総延長は98.7メートルに及ぶ。
小早川家住宅石塀は、敷地の東・南・西の三方と北西の隅をぐるりと巡り、さらに表門と主屋の間にも築かれている。北側の煉瓦塀を除けば、屋敷の外周はほぼこの石塀でできている。
三色の島原石を亀甲に積む
小早川家住宅石塀の材料は島原石である。文化庁の解説によれば、灰色・桃色・青色など色合いの違う石が混じり、それを切石に整えて亀甲積にしている。亀甲積は、石の面を六角形に近い形に加工し、亀の甲羅の模様のように噛み合わせる積み方で、目地が縦横に一直線に通らないため、崩れにくいとされる。
塀の上部は積み方が変わる。切石の段の上に、拳ほどの大きさの割石を積み重ねて頂部を仕上げている。整った亀甲の面と、その上に載る不揃いな割石との対比は、近くに寄ると一目で分かる。
小早川家住宅石塀では、色の異なる石が一つの面に混ぜて組み込まれており、近くで見ると、灰色の石の隣に桃色や青みを帯びた石が並ぶ様子が分かる。
門と主屋の間の曲面
長崎県の解説は、表門と主屋の間の石塀が曲面に築かれている点に触れている。外周の石塀が直線で敷地を区切るのに対し、門をくぐった先の石塀はゆるやかに曲がり、門から玄関へ向かう人の視線と足の運びを導く。
この部分は敷地の内側にあるため、島原市の一般公開の期間にしか見られない。公開日に訪れたなら、外周の直線の石塀と見比べておきたい。
登録の理由
小早川家住宅石塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁と長崎県は、島原城下の武家屋敷の特徴をよくとどめる石塀と評価している。石塀は小早川家住宅の4件のなかで最も古く、門とともに江戸時代の屋敷の輪郭をいまに残している。
小早川家住宅石塀を見るには
小早川家住宅石塀の外周部分は道路に面しており、公開日でなくても外から見られる。東の表門から南へ回り、西側へ抜けると、約98.7メートルの大半を歩きながら追える。北西の隅まで来ると石塀が終わり、北側の煉瓦塀に切り替わる。
石の色と亀甲の形を見るなら、塀の前に立ち止まって目の高さの石を見るのがよい。塀は道路沿いにあるので、車の通行に気をつけ、敷地には立ち入らないようにしたい。
Q&A
- 小早川家住宅石塀はどのように積まれていますか?
- 灰色・桃色・青色などの島原石を切石にして亀甲状に積み上げ、その上部に拳大の割石を積んで仕上げています。
- 小早川家住宅石塀の長さと高さはどれくらいですか?
- 総延長98.7メートル、高さは1.6メートル内外です。敷地の東・南・西の三方と北西の隅、表門と主屋の間に築かれています。
- 小早川家住宅石塀はいつ築かれましたか?
- 江戸時代後期です。文化庁のデータベースは1751年から1830年の幅で示しています。
- 小早川家住宅石塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 平成24年(2012年)2月23日に、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。
- 小早川家住宅石塀は公開日以外でも見られますか?
- 外周の部分は道路からいつでも見られます。表門と主屋の間にある曲面の石塀は敷地の内側にあり、島原市の一般公開の期間にしか見られません。
基本情報
| 名称 | 小早川家住宅石塀(こばやかわけじゅうたくいしべい) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県島原市城内2丁目1013 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造、高さ1.6メートル内外、総延長98.7メートル |
| 所有者 | 島原市 |
| 公開状況 | 外周部分は道路から見学可(敷地内の部分は島原市の一般公開の期間のみ) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 小早川家住宅石塀(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009238
- 長崎県の文化財 小早川家住宅(主屋・門・石塀・煉瓦塀)(長崎県)
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/255
最終更新日: 2026.09.28