命日を刻んだ筒井順昭の供養塔

圓證寺五輪塔(えんしょうじごりんとう)は、奈良県生駒市上町の圓證寺境内にある室町時代後期の石造五輪塔で、天文19年(1550年)の銘を持ち、昭和36年(1961年)に重要文化財に指定された。戦国武将筒井順昭の供養塔で、本堂のそばに立つ。

五輪塔は、下から方形の地輪、球形の水輪、屋根形の火輪、半球形の風輪、宝珠形の空輪を積み上げた塔である。圓證寺五輪塔は基壇の上に据えられ、生駒市の記録では総高260.1センチメートル、およそ2.6メートルある。

生駒市の解説によると、塔には「順昭榮舜坊」の名と「天文十九年庚戌六月廿日」の日付が刻まれている。この日付は順昭の命日にあたり、名と命日の銘から、塔が順昭の供養塔であることが分かる。

誰のための塔かが分かる石塔

五輪塔は各地に数多く残るが、誰を供養したのか、いつ建てられたのかがはっきりしている例は限られる。圓證寺五輪塔は、法名と命日が塔そのものに刻まれており、供養の対象と年代の両方が銘文で確かめられる。

文化庁は圓證寺本堂の解説のなかで、圓證寺を順昭の菩提寺として天文19年(1550年)に奈良につくられた寺と述べ、境内にある順昭の墓碑の五輪塔に触れている。寺の成立と塔の造立が同じ年であり、この塔が寺の由来そのものを示す遺品になっている。

指定は昭和36年(1961年)で、本堂の指定より10年早い。昭和46年(1971年)の本堂の指定時に、文化庁の解説が「すでに重文に指定されている」と塔に言及しているのはこのためである。

四方の梵字を読む

生駒市の解説では、圓證寺五輪塔の各輪の四方に、四門の梵字が刻まれている。五輪の東西南北の各面に、方角ごとに異なる形の梵字を刻む形式で、塔の周りを一巡すると、面ごとに文字が変わっていくのが分かる。

「順昭榮舜坊」の名と日付の銘も、梵字とあわせて探したい。石に刻まれた線は、斜めから光が当たる時間帯のほうが追いやすい。

本堂を拝観したあと、堂の脇に出て塔と向き合いたい。天文21年(1552年)の本堂と、その2年前の供養塔が、並んで順昭の菩提を弔っている。

見学のしかた

圓證寺五輪塔は圓證寺の境内にあるため、見学には寺への事前の電話予約が必要である。写真撮影の可否は公開された案内が見当たらないので、予約の際に確かめたい。行き方と拝観料は圓證寺のページにまとめた。

Q&A

Q圓證寺五輪塔は誰の供養塔ですか?
A筒井順慶の父、筒井順昭の供養塔です。「順昭榮舜坊」の名と、命日にあたる天文19年(1550年)6月20日の日付が刻まれています。
Q圓證寺五輪塔の高さはどのくらいですか?
A生駒市の記録では、基壇を含めた総高が260.1センチメートル、およそ2.6メートルです。
Q圓證寺五輪塔は自由に見学できますか?
A境内にあるため、圓證寺への事前の電話予約が必要です。
Q圓證寺五輪塔はいつ重要文化財に指定されましたか?
A昭和36年(1961年)3月23日です。本堂の指定より10年早い指定です。
Q圓證寺五輪塔に刻まれた梵字は何ですか?
A各輪の四方に四門の梵字が刻まれています。五輪の東西南北の各面に、方角ごとに異なる形の梵字を刻む形式です。

基本データ

名称圓證寺五輪塔(えんしょうじごりんとう)
所在地奈良県生駒市上町4713(圓證寺境内)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和36年(1961年)3月23日指定
員数1基
寸法石造五輪塔、基壇付、総高260.1センチメートル
所有者円証寺
公開状況要事前電話予約(有料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 圓證寺五輪塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2672
国指定文化財等データベース(文化庁) 圓證寺本堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2673
生駒市デジタルミュージアム 圓證寺五輪塔
https://www.city.ikoma.lg.jp/html/dm/bun/shosai/ensho/gorinto.html
大和北部八十八ヶ所霊場 圓證寺
https://yamato88.jp/guide/area3/126

最終更新日: 2026.09.26