益甚酒店土蔵とは

益甚酒店土蔵は、新潟県村上市大町にある明治25年(1892年)頃建築の土蔵で、平成15年(2003年)1月31日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ますじんさけてんどぞう」である。

益甚酒店土蔵は、敷地の奥、酒蔵の南東に棟を東西に通して建つ。桁行4間・梁間3間半(およそ7.3メートル×6.4メートル)の規模で、切妻造・桟瓦葺の2階建、建築面積は46平方メートル。益甚酒店の登録3件のなかでは、もっとも小さい建物である。

文化庁の解説によると、この土蔵は道具蔵であった。酒造りに使う道具類をしまっておくための蔵で、米や酒そのものを貯える蔵ではない。

酒造りの道具とともに引き継がれた蔵

益甚酒店土蔵には、家の歴史に関わる記録が添えられている。文化庁の解説は、明治42年(1909年)に当主の益田甚太郎が、主屋と酒造の器械一式とともにこの土蔵を買い受けたとしている。

建物と道具がひとまとまりで受け渡されたわけで、酒造りの家業をそのまま引き継ぐ形だったと読める。道具蔵である益甚酒店土蔵は、その道具を納める場所として、主屋や酒造場と組になって使われてきた。店主によれば、益甚酒店の酒造りは昭和20年(1945年)まで続いた。

縦板張の高い腰と真壁風の上部

益甚酒店土蔵の外観でまず目を引くのは、壁の下半分である。文化庁の解説によると、腰は高い縦板張とし、その上部を真壁風に仕上げている。腰の板張は、雨や泥はねから土壁を守るための備えで、それを高く張り上げているところに、この蔵の特徴がある。

「真壁風」とは、柱を壁の表に見せた仕上げのことをいう。土蔵は柱を土で塗り込める造りが一般的なので、上部に柱の線が表れる意匠は、白一色の土蔵とは違った表情をつくる。

開口部は、西の妻面に入口と窓、南面に窓がある。入口を妻側に設けているので、蔵の正面は西の三角形の妻面になる。

益甚酒店土蔵が登録された理由と見学

益甚酒店土蔵は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。主屋や酒造場とともに、大火後に整えられた酒屋の屋敷構えの一部をなす建物である。

益甚酒店土蔵は敷地の奥にあり、内部の公開は案内されていない。店舗の売り場には営業時間内に入れるが、土蔵が通りや売り場から見えるかどうかは資料で確かめられなかった。店の奥は私的な空間なので、見せてもらえるかどうかは店の方に尋ねたい。行き方と営業時間は益甚酒店のページにまとめてある。

Q&A

Q益甚酒店土蔵は見学できますか?
A益甚酒店土蔵の内部公開は案内されていません。表の店舗には営業時間内に入れますが、敷地の奥は私的な空間なので、店の方に確認してください。
Q益甚酒店土蔵は何に使われていたのですか?
A文化庁の解説によると、酒造りの道具類をしまう道具蔵でした。
Q益甚酒店土蔵はいつ建てられたのですか?
A明治25年(1892年)頃の建築とされます。明治42年(1909年)に当主の益田甚太郎が、主屋と酒造の器械一式とともに買い受けたと伝わります。
Q益甚酒店土蔵の大きさと外観の特徴は?
A桁行4間・梁間3間半、建築面積46平方メートルの2階建です。高い縦板張の腰の上を真壁風に仕上げ、西の妻面に入口を設けています。
Q益甚酒店土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、平成15年(2003年)1月31日に登録されました。

基本情報

名称益甚酒店土蔵
所在地新潟県村上市大町194
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成15年(2003年)1月31日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積46㎡
所有者不明(文化庁データベースに記載なし)
公開状況内部公開の案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「益甚酒店土蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003080
文化遺産オンライン「益甚酒店土蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187810
Things「村上の地酒専門店『益甚酒店』で酒づくりの歴史を知る。」
https://things-niigata.jp/other/masujinsaketen/

最終更新日: 2026.10.21