妙壽寺中門とは

妙壽寺中門は、大分県豊後高田市金谷町にある江戸時代末期の四脚門で、平成30年(2018年)3月27日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「みょうじゅじちゅうもん」。

文化庁の記録では、木造、瓦葺で、間口4.5メートル、左右に袖塀が付く。昭和時代前期に改修されている。登録番号は44-228である。

獏・獅子・麒麟の木鼻をもつ四脚門

妙壽寺中門は本堂の東方、本堂と山門の中間に建つ(文化庁、豊後高田市)。間口4.5メートルの四脚門で、屋根は入母屋造の本瓦葺。本柱を円柱、控柱を角柱とし、虹梁形の頭貫で固める。

組物は出組で、蟇股には菊花を彫り、組物の背後の支輪には地紋彫を施す(文化庁)。天井は鏡天井である。豊後高田市によれば、年代は彫刻などから江戸時代末期と考えられ、昭和時代前期に門扉の部分が改修された。

登録有形文化財としての価値

文化庁は、規模が大きく、支輪に地紋彫を施し、獏・獅子・麒麟の木鼻を付けた壮麗な意匠の中門として、「造形の規範となっているもの」に登録した。豊後高田市も、親柱に獏、袖柱に獅子と麒麟の木鼻を取り付けるなど、意匠が凝らされていると評している。

見どころ

柱の頭から突き出す木鼻を見比べたい。親柱には獏、袖柱には獅子と麒麟が付く(豊後高田市)。門の下に入ると、菊花を彫った蟇股と、彫刻の多い外側とは対照的な無地の鏡天井が見える(文化庁)。通りに面した山門は間口3.5メートルで、妙壽寺中門のほうが一回り大きい。

見学について

妙壽寺中門は、本堂の正面から北東の市道へ向かう軸線上、山門の内側に建つ(豊後高田市)。開門の時間や拝観について、公的な案内は確認できなかった。

Q&A

Q妙壽寺中門はいつ建てられましたか?
A江戸時代末期と考えられています。昭和時代前期に門扉の部分が改修されました(豊後高田市)。
Q妙壽寺中門はどんな門ですか?
A間口4.5メートルの四脚門で、入母屋造の本瓦葺、左右に袖塀が付きます(文化庁)。
Q妙壽寺中門の見どころは?
A親柱の獏、袖柱の獅子・麒麟の木鼻と、菊花を彫った蟇股です(文化庁、豊後高田市)。
Q妙壽寺中門と山門はどう違いますか?
A中門は間口4.5メートルの入母屋造で彫刻が多く、山門は間口3.5メートルの切妻造で古式をとどめます(文化庁)。
Q妙壽寺中門が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成30年(2018年)3月27日です(文化庁)。

基本情報

名称妙壽寺中門(みょうじゅじちゅうもん)
所在地大分県豊後高田市金谷町598-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)3月27日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口4.5m、左右袖塀付
所有者宗教法人妙壽寺
公開状況開門・拝観の案内なし

参考文献

妙壽寺中門(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012265
妙壽寺本堂他4件の建造物が国登録有形文化財に登録されました!(豊後高田市)
https://www.city.bungotakada.oita.jp/site/bunkazai/2251.html

最終更新日: 2026.10.20