佐藤家住宅土蔵とは

佐藤家住宅土蔵は、大分県竹田市竹田町の旧城下町に明治12年(1879年)頃に建てられた土蔵造2階建の蔵で、平成18年(2006年)11月29日に登録有形文化財(建造物)に登録された。

文化庁の解説によれば、佐藤家住宅土蔵は主屋の西側の後方に建つ。規模は桁行3間、梁間2間半、建築面積29平方メートルで、屋根は切妻造、桟瓦葺。佐藤家住宅の4棟のなかでいちばん小さい。

主屋、旧味噌蔵、旧店舗兼主屋の3棟が通りに面して並ぶのに対し、佐藤家住宅土蔵だけは通りから奥へ入った敷地の後方にある。竹田市の計画も、通りに並ぶ3棟の「敷地後方には土蔵が配される」と書いている。

登録の理由と価値

佐藤家住宅土蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。登録番号は44-0128で、佐藤家住宅4棟の連番の最後にあたる。

文化庁の解説は、小規模なつくりながら商家の敷地景観を今日に伝え、貴重であると評している。通りに面した店と住まい、その奥の蔵という商家の屋敷の構成は、表の建物だけでは完結しない。奥に建つ佐藤家住宅土蔵が残ることで、明治の商家の屋敷の奥行きまでが保たれている。

構造と見どころ

窓と戸口の配置

文化庁の解説は、佐藤家住宅土蔵の開口部を細かく記している。1階は東側に1か所、2階は両方の妻側にそれぞれ2か所の窓を開け、戸口は南の妻側に開く。壁に対して開口を絞り込むのは、火や盗難から中の品を守る蔵の造り方である。

漆喰塗の壁

壁面は漆喰で塗る。土蔵造は木の骨組みを土で厚く塗り込め、表面を漆喰で仕上げる造り方で、防火性が高い。

屋敷のなかでの位置

佐藤家住宅土蔵は主屋の西側の後方、つまり通りから最も遠い位置に建つ。表の3棟が明治12年(1879年)、土蔵が同年頃とされていることから、4棟はほぼ同じ時期に屋敷として整えられたとみられる。

見学について

佐藤家住宅土蔵は個人の建物で、2026年10月時点で内部の公開や見学受付の案内は確認できない。

敷地の奥に建つため、通りに並ぶ3棟と違って東側の通りからは見えにくい。どこから外観を見られるかは確認できていない。敷地には立ち入らないこと。

Q&A

Q佐藤家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A明治12年(1879年)頃の建築とされます。平成18年(2006年)11月29日に登録有形文化財に登録されました。
Q佐藤家住宅土蔵の大きさは?
A桁行3間、梁間2間半の土蔵造2階建で、建築面積は29平方メートルです。佐藤家住宅の4棟でいちばん小さい建物です。
Q佐藤家住宅土蔵はどこに建っていますか?
A主屋の西側の後方、通りから奥まった敷地の後ろに建っています。
Q佐藤家住宅土蔵の窓や戸口はどう配置されていますか?
A1階は東側に1か所、2階は両方の妻側に2か所ずつ窓を開け、戸口は南の妻側にあります。
Q佐藤家住宅土蔵は見学できますか?
A個人の建物で、公開の案内は2026年10月時点でありません。敷地の奥に建つため、通りからは見えにくい位置です。

基本情報

名称佐藤家住宅土蔵(さとうけじゅうたくどぞう)
所在地大分県竹田市大字竹田町102-2他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積29平方メートル
所有者個人(文化庁データベースの所有者欄は空欄)
公開状況公開の案内なし(敷地の奥にあり通りからは見えにくい)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「佐藤家住宅土蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006071
文化遺産オンライン「佐藤家住宅土蔵」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/182286
竹田市「竹田市歴史的風致維持向上計画 第2章 竹田市の維持向上すべき歴史的風致」
https://www.city.taketa.oita.jp/material/files/group/23/chapter2.pdf

最終更新日: 2026.10.08