七十七末社のなかの五間社

妙教寺五社天王社は、岡山市北区高松稲荷の最上稲荷山妙教寺(最上稲荷)で、旧本殿の霊応殿本殿の東側南端に建つ明治29年(1896年)の社殿で、昭和54年(1979年)に移築され、平成21年(2009年)1月8日に国の登録有形文化財に登録された。

霊応殿のまわりには、最上尊に仕える眷属の神々を祀る七十七末社が並ぶ。寺の説明では、それぞれが厄除けや縁結びなどの役割を担う神々である。小さな一間社がほとんどを占めるなかで、文化庁の解説によれば、妙教寺五社天王社は唯一の五間社、つまり正面の柱間が五つある横に長い社殿である。名のとおり五柱の天王を一つの社殿に祀る形と考えられる。

岡山市教育委員会の紹介記事によれば、大工は名古屋の棟梁・青山長七で、本堂や霊応殿の前殿群と同じ手による。末社のなかで青山の名が挙がるのはこの社殿だけである。

高い基壇と詰組

妙教寺五社天王社は高い切石積の基壇の上に建つ流造の檜皮葺で、建築面積は5.0平方メートル。流造は、前方の屋根を長く延ばして正面の庇とする、神社本殿でもっとも広く見られる形式である。

組物は出組を柱の上だけでなく柱間にも並べる詰組とし、組物の間に蟇股を入れる。妻は虹梁と大瓶束で組み、外へ持ち出している。

文化庁の解説は、彫刻を効果的に用い、落ち着きのある意匠にまとめていると評価している。周囲の末社に竜や唐獅子で埋め尽くされた社殿が多いなかで、妙教寺五社天王社は組物の密度で格を示し、彫刻は要所に絞っている。

見どころと見学

妙教寺五社天王社は霊応殿本殿の東側、末社群の南端にあり、外観はいつでも見学でき、拝観料はかからない。社殿の内部は公開されていない。

五間の横幅は、隣り合う一間社と並べて見るとよく分かる。正面から軒下の詰組と蟇股の列を端から端まで目で追い、切石積の基壇の高さも確かめたい。七十七末社は報恩大師生誕1300年を記念する改修事業で屋根の葺き替えが進められてきた。参拝時間と行き方は最上稲荷山妙教寺のページにまとめてある。

Q&A

Q妙教寺五社天王社の特徴は。
A七十七末社のうち唯一の五間社で、高い切石積の基壇の上に流造檜皮葺で建っています。
Q妙教寺五社天王社はどこにありますか。
A旧本殿の霊応殿本殿の東側、末社群の南端にあります。
Q妙教寺五社天王社はいつ建てられましたか。
A明治29年(1896年)の建築で、昭和54年(1979年)に移築されています。
Q妙教寺五社天王社を建てたのは誰ですか。
A岡山市教育委員会の紹介記事によれば、名古屋の大工棟梁・青山長七です。
Q妙教寺五社天王社の装飾は。
A出組の詰組の間に蟇股を入れ、妻を虹梁大瓶束で持ち出します。彫刻を効果的に用いた落ち着きのある意匠です。

基本データ

名称妙教寺五社天王社(みょうきょうじごしゃてんのうしゃ)
所在地岡山県岡山市北区高松稲荷712
指定区分国登録有形文化財(建造物) 登録番号33-0180
指定年平成21年(2009年)1月8日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、五間社流造檜皮葺、建築面積5.0平方メートル
所有者宗教法人最上稲荷山妙教寺
公開状況外観は境内で自由に見学可(拝観無料)、内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 妙教寺五社天王社
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007563
岡山市 — 遺跡紹介:岡山市の近代化遺産3 最上稲荷妙教寺の近代和風建築(安川満)
https://www.city.okayama.jp/kankou/cmsfiles/contents/0000005/5279/000179262.pdf
最上稲荷 公式サイト — 七十七末社
https://inari.ne.jp/facility/250/
最上稲荷 公式サイト — 旧本殿(霊応殿)
https://inari.ne.jp/facility/252/

最終更新日: 2026.10.01