庭へ向かう動線を仕切る

瀬崎家住宅中門及び塀は、岡山県倉敷市真備町服部にある昭和前期の門と塀で、令和7年(2025年)8月6日に登録有形文化財(建造物)に登録された。

中門は木造、瓦葺で間口1.3メートル、袖塀を伴う。塀は木造、瓦葺で総延長8.5メートル。1件として登録されているが、実際には門と塀が一組で機能する構えである。位置は主屋の南方で、表門から入った人を西へ導く場所にあたる。

門は切妻造の本瓦葺で、腕木門の形式を取る。柱から水平に突き出した腕木で軒桁を受ける形式で、間口1.3メートルという小ささのわりに屋根は本格的である。門口には一枚板の板戸を引分に建てる。

敷地の西側を画す

登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」だった。文化庁の解説は、敷地の西側を画し、庭園への動線を演出する構えである点を挙げる。

中門の両脇から、塀が矩折れに延びる。矩折れとは直角に折れることをいい、直線で仕切らずに折り返すことで、門の手前に小さな溜まりができる。庭へ入る前に一度歩みが止まる構成で、茶事の露地で用いられる考え方に近い。総延長8.5メートルという短さで、この効果をつくっている。

この構えが整えられたのは昭和前期、西暦では1926年から1945年のあいだとされる。屋敷に二つの茶室が揃った時期と重なっており、庭と茶室に向かう動線を整えるための工事だったとみられる。

仕上げの三通り

塀の屋根は桟瓦葺、壁は漆喰塗で仕上げる。中門の腰は竪板張とし、それ以外の腰はモルタルの洗い出しとする。

洗い出しは、モルタルが固まりきる前に表面を洗って砂利や種石の粒を出す仕上げで、大正から昭和初期に広く使われた。明治の建物が並ぶ屋敷のなかで、この塀だけが当時の新しい材料を使っていることになる。

木の板、漆喰、モルタル。短い塀に三通りの仕上げが並ぶ構成は、意匠として選ばれたというより、門と塀それぞれの役割に応じた結果に見える。手を触れる門の腰は板、雨のかかる塀の腰はモルタルという具合である。

見学方法

瀬崎家住宅中門及び塀は個人の屋敷のなかにあり、くぐることはできない。塀は敷地の西側を画しているため、西側の通りからは屋根の連なりと漆喰の壁面が見える。ただし中門そのものは敷地の内側を向いており、外からは屋根の一部が見える程度である。

同じ西側には如是庵の廊下が塀の外へ張り出しており、塀をたどると建物に変わる位置が分かる。敷地には立ち入れず、撮影も外からに限られる。行き方は瀬崎家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q瀬崎家住宅中門及び塀は見学できますか?
A敷地の内側にあるため、くぐったり間近で見たりすることはできません。西側の通りから塀の屋根と壁面が見える程度です。
Q瀬崎家住宅中門及び塀はいつのものですか?
A昭和前期、西暦では1926年から1945年のあいだの建築とされます。屋敷に二つの茶室が揃った時期と重なります。
Q瀬崎家住宅中門及び塀の腕木門とはどのような形式ですか?
A柱から水平に突き出した腕木で軒桁を受ける門の形式です。間口1.3メートルと小さいながら、屋根は切妻造本瓦葺で本格的な造りです。
Q瀬崎家住宅中門及び塀はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、令和7年(2025年)8月6日に登録されました。敷地の西側を画し、庭園への動線を演出している点が評価されています。
Q瀬崎家住宅中門及び塀の洗い出しとはどのような仕上げですか?
Aモルタルが固まる前に表面を洗い、砂利や種石の粒を出す仕上げです。大正から昭和初期に広く使われました。

基本データ

名称瀬崎家住宅中門及び塀
所在地岡山県倉敷市真備町服部字辻堂914-1ほか
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和7年(2025年)8月6日登録
員数1棟
寸法中門 木造、瓦葺、間口1.3メートル、袖塀付/塀 木造、瓦葺、総延長8.5メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観のみ敷地外から)

参考文献

国指定文化財等データベース 瀬崎家住宅中門及び塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015510
瀬崎家住宅主屋ほか(倉敷市教育委員会 文化財保護課)
https://www.city.kurashiki.okayama.jp/culture/art/1007596/1007597/1011206/1007792/1016887.html

最終更新日: 2026.09.17