正和3年(1314年)の銘をもつ堂応寺の宝篋印塔

宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、岡山県倉敷市真備町辻田の堂応寺地区にある鎌倉時代後期の石造塔で、正和3年(1314年)の刻銘をもち、昭和40年(1965年)5月29日に国の重要文化財に指定された。所在地の小字をとって「堂応寺宝篋印塔」の名で呼ばれることが多い。

総高は3.3メートル、石材は花崗岩である。岡山県の解説によれば、基礎・塔身・笠・相輪の四つの部分がすべて揃っており、年号を刻んだ宝篋印塔としては県内で最も大きい。

宝篋印塔は、もとは宝篋印陀羅尼経を納めるための塔の形で、のちに供養塔や墓塔として各地で建てられるようになった。方形の基礎の上に四角い塔身を置き、段形を重ねた笠の四隅に隅飾と呼ばれる突起を立て、頂に細長い相輪を載せる。堂応寺の宝篋印塔も、この基本の構成をそのまま備えている。

重要文化財としての評価と堂応寺の来歴

文化庁の国指定文化財等データベースは、この宝篋印塔を、正和3年(1314年)の年紀を刻んだ石造の宝篋印塔であり、鎌倉時代らしい作風をよく示す一基として位置づけている。昭和40年(1965年)に重要文化財となった際の員数は1基である。

同データベースが記録する刻銘は「正和三年甲寅七月十二日」。甲寅は干支で、正和3年の年回りと一致する。石塔の年代は形の特徴から推し量るしかない場合が多く、その推定には数十年の幅が出やすい。造立の月日まで石に残っている堂応寺の宝篋印塔は、その点で年代の手がかりがはっきりしている。

倉敷市はこの塔について、飾り気は少ないものの大きく重厚な造りで、鎌倉時代の気風がそのまま表れていると紹介している。細部を磨き上げた洗練よりも、量感で見せる石塔である。

塔が建つ一帯には、いまも堂応寺という地名が残る。岡山県は、この宝篋印塔がかつての堂応寺の寺内に建っていたらしいとみている。付近は鎌倉時代に薗東荘(そのひがしのしょう)と呼ばれた皇室領の荘園で、南北朝時代には山城国の長福寺の所領として寄進された。寺の姿は失われても、荘園の時代にこの地で営まれた信仰の跡を、宝篋印塔が一基で示している。

刻銘と四面の尊名を見る

基礎の正面に刻まれた年号と勧進聖人

倉敷市の解説では、宝篋印塔の基礎は四面とも文様を彫らない無地で、正面に年号と「勧進聖人覚圓起立之」の文字が刻まれている。勧進とは、寺院や仏塔を造るために広く人々へ寄進を呼びかけることで、その役を担った僧が勧進聖(かんじんひじり)である。銘は、覚圓という勧進聖人がこの塔を建てたことを伝えている。

一人の有力者が私費で建てたのではなく、勧進によって集めた寄進で立ち上げた塔と読める。高さ3メートルを超える花崗岩の塔を切り出し、運び、組み上げるには、相応の人手と費用がかかったはずである。

刻まれて700年を超える文字は浅くなっている。正面に立ったら、光が斜めに当たる時間帯を選ぶと字画の陰影が拾いやすい。

塔身の四面をひと回りする

塔身の四面には、如来と菩薩の名が刻まれている。塔の周りをひと巡りすると、面ごとに異なる尊名が配されているのを確かめられる。基礎が無地であるぶん、文字の入った塔身が塔の中心として目に入る構成になっている。

見上げて分かる量感

総高3.3メートルは、大人が真下に立つと相輪の先端を見上げる高さである。花崗岩の粗い粒が風雨で表面に浮き、笠の四隅の隅飾が空に向かって開く輪郭をつくる。県内で年号をもつ宝篋印塔のうち最大という評価は、この前に立つと実感として分かる。

堂応寺の宝篋印塔の見学方法と行き方

堂応寺の宝篋印塔は屋外に建ち、岡山県の案内では見学自由とされている。見学時間や料金の定めは市・県とも示しておらず、撮影についての制限も案内には記されていない。塔は堂応寺地区の所有で、周囲は住民の暮らしの場でもあるため、畑や私有地に入らず、道から静かに見学したい。

最寄り駅は、JR伯備線と井原鉄道井原線が停まる清音駅である。宝篋印塔は駅の北西にあたり、道のりで約2.6キロメートル、徒歩ではおよそ35分が目安となる(地図上の概算)。専用の駐車場は市・県の案内に記載がない。

現地の状況や見学上の注意は、倉敷市教育委員会生涯学習部文化財保護課(電話086-426-3851)で確かめられる。

Q&A

Q堂応寺の宝篋印塔はいつ造られたものですか?
A基礎に正和3年(1314年)の刻銘があり、鎌倉時代後期の造立です。文化庁のデータベースは刻銘を「正和三年甲寅七月十二日」と記録しています。
Q堂応寺の宝篋印塔はなぜ重要文化財に指定されているのですか?
A造立年を刻んだ石造の宝篋印塔で、鎌倉時代の作風をよく示すことから、昭和40年(1965年)5月29日に重要文化財に指定されました。基礎・塔身・笠・相輪が揃い、年号をもつ宝篋印塔として岡山県内で最も大きいとされます。
Q堂応寺の宝篋印塔の高さと石材は?
A岡山県の解説によれば総高3.3メートルの花崗岩製です。
Q堂応寺の宝篋印塔は自由に見学できますか?料金や撮影の制限はありますか?
A屋外にあり、見学自由とされています。料金や時間の定め、撮影の制限は市・県の案内に記されていません。周囲は住民の生活の場なので、私有地に入らず道から見学してください。
Q堂応寺の宝篋印塔へは最寄り駅からどう行けばよいですか?
AJR伯備線・井原鉄道井原線の清音駅が最寄りで、塔は駅の北西、道のりで約2.6キロメートル、徒歩およそ35分が目安です。専用駐車場の案内はありません。

基本情報

名称宝篋印塔(堂応寺宝篋印塔)
所在地岡山県倉敷市真備町辻田1561番地
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和40年(1965年)5月29日
員数1基
寸法総高3.3メートル(岡山県による)
所有者堂応寺地区
公開状況屋外・見学自由

参考文献

宝篋印塔(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3087
宝篋印塔(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/123894
堂応寺宝篋印塔(倉敷市 文化財保護課)
https://www.city.kurashiki.okayama.jp/culture/art/1007596/1007597/1011206/1007603/1007612.html
国指定文化財一覧(その5)重要文化財(建造物)(岡山県 文化財課)
https://www.pref.okayama.jp/page/detail-50626.html
宝篋印塔 解説(岡山県 文化財課・PDF)
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/attachment/260698.pdf

最終更新日: 2026.09.26