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大阪府の登録有形文化財

大阪府 · 登録有形文化財

882 件 大阪府
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小林新聞舗店舗兼住宅
大阪府 昭和前 登録有形文化財
小林新聞舗店舗兼住宅

小林新聞舗店舗兼住宅は大阪市平野区平野本町の商店街に面する昭和4年(1929年)の店舗兼住宅で、登録有形文化財。鉄筋コンクリート造の店舗の背後に木造の住居がつながり、正面に柱形とアーチ形の窓枠を並べる。

兒山家住宅隠居所
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅隠居所

兒山家住宅隠居所は堺市の豪農の屋敷で西側の通りに面する江戸後期の棟で、2002年に登録有形文化財となった。中央に通用門を開き北を隠居所、南を馬小屋とした。南妻を入母屋、北妻を切妻とし、出格子窓で長屋門風に整える。

兒山家住宅内蔵
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅内蔵

兒山家住宅内蔵は堺市の豪農の屋敷で家財を納めた江戸後期の2階建の土蔵で、2002年に登録有形文化財となった。切妻造本瓦葺、漆喰仕上げに竪板張の腰で、装飾を用いないが破風や垂木まで塗り込め、立ちの高い平明な姿を見せる。

兒山家住宅座敷
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅座敷

兒山家住宅座敷は堺市の豪農の屋敷で主屋の東につながる江戸後期の接客棟で、2002年に登録有形文化財となった。床・違棚・付書院を備えつつ木割を細く天井を抑えた瀟洒な意匠で、庭に面した二間の襖には金子雪操の山水画が残る。

兒山家住宅主屋
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅主屋

兒山家住宅主屋は堺市中区陶器北に建つ江戸後期の豪農の主屋で、2002年に登録有形文化財となった。西半を土間、東半を六間取りとし、虫籠窓でつし2階に見せつつ登梁で本2階とする。入母屋を重ねた本瓦葺の屋根が見どころ。

兒山家住宅外蔵
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅外蔵

兒山家住宅外蔵は堺市の豪農の屋敷の北西隅に建つ江戸後期の平屋の土蔵で、2002年に登録有形文化財となった。21平方メートルと小さいが、内蔵と異なり軒廻りと螻蛄羽を一連に塗り込めた本格的な造りで、屋敷の角を固める。

兒山家住宅土塀
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅土塀

兒山家住宅土塀は堺市の豪農の屋敷を囲む江戸後期の塀で、2002年に登録有形文化財となった。延長105メートル。庭園の三方などは内外とも塗り込めた土塀、南西隅は柱・腕木・出桁を見せ上半漆喰塗、下半竪板張とした塀である。

兒山家住宅取り合い
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅取り合い

兒山家住宅取り合いは堺市の豪農の屋敷で主屋の背後と内蔵を結ぶ江戸後期の接続部分の棟で、2002年に登録有形文化財となった。南半を2階建、北半を平屋とし、西に湯殿と便所を張り出す。主屋と一連の堅固で上質な造りが評価された。

兒山家住宅納屋
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅納屋

兒山家住宅納屋は堺市の豪農の屋敷で主屋の北に建つ江戸後期の平屋の納屋で、2002年に登録有形文化財となった。切妻造桟瓦葺の前面に腕木で持ち出した深い庇を一段下げて付け、内部の3室に漬物や柴、農耕具を納めていた。

兒山家住宅離れ
大阪府 昭和前 登録有形文化財
兒山家住宅離れ

兒山家住宅離れは堺市の豪農の屋敷で座敷の東端に突き出す昭和初期の付属棟で、2002年に登録有形文化財となった。3畳の小室に三方の縁を廻し、湯殿と便所を張り出す。17平方メートルと小さいが、座敷に欠かせない施設とされる。

兒山家住宅門長屋
大阪府 江戸 登録有形文化財
兒山家住宅門長屋

兒山家住宅門長屋は堺市の豪農の屋敷の正面に建つ江戸後期の長屋門形式の建物で、2002年に登録有形文化財となった。入母屋造本瓦葺、正面を黒漆喰、他を白漆喰とし、横連子窓を並べる。屋敷の正面構えの中心となる建物である。

金光教玉水教会会堂
大阪府 昭和前 登録有形文化財
金光教玉水教会会堂

昭和10年(1935)竣工、大阪市西区江戸堀に建つ大型の和風木造教会堂。建築面積531㎡、入母屋造の大屋根に二つの千鳥破風と裳階を構えた堂々たる姿が、戦災を免れて都心に残る。設計は池田谷久吉、施工は北井工務店。

金剛寺天野川東岸旧子院築地塀
大阪府 江戸 登録有形文化財
金剛寺天野川東岸旧子院築地塀

天野山金剛寺の天野川東岸に続く江戸時代中期の築地塀。石垣の上に漆喰仕上げの土壁を立てて桟瓦を葺き、総延長は103メートル。東岸にあった旧子院群を画した塀で、近世の境内の様子を伝える。区間ごとに傷みと修理の記録がある。

金剛寺大講堂
大阪府 昭和前 登録有形文化財
金剛寺大講堂

大阪府河内長野市の天野山金剛寺、天野川東岸の旧理趣院跡に建つ昭和17年(1942年)の講堂。修養館とも呼ばれ、桁行12間の広い室内をトラスで架け、縦長のガラス窓が明るさを生む。平成29年に登録有形文化財となった。

金剛寺大講堂食堂
大阪府 昭和前 登録有形文化財
金剛寺大講堂食堂

天野山金剛寺の天野川東岸、大講堂のすぐ北に建つ昭和17年(1942年)の食堂。九尺幅の廊下の奥に食堂・炊事室・書庫を連ねた不整形の平面で、食堂だけを格天井とする。講堂と一連で建てられた近代寺院施設の好例とされる。

金剛寺鎮守橋
大阪府 昭和前 登録有形文化財
金剛寺鎮守橋

天野山金剛寺の境内入口近くで天野川に架かり、伽藍と鎮守社を結ぶ昭和16年(1941年)の木造橋。全長6.4メートル、切妻造銅板葺の屋根を橋とは独立した柱で支える。現在は全解体修理のため2027年3月末まで通行止めの予定。

金剛寺本坊奥殿
大阪府 大正 登録有形文化財
金剛寺本坊奥殿

天野山金剛寺本坊の庭園奥に建つ大正2年(1913年)の建物。入母屋造茅葺で、18畳間を中心に6室を並べ、御座の間だけを格天井とする。北朝の三上皇が留め置かれた観蔵院の跡にあり、寺は御座所とされた場所と案内する。

金剛寺本坊表門
大阪府 明治 登録有形文化財
金剛寺本坊表門

天野山金剛寺本坊の入口に北を向いて建つ明治後期の一間薬医門。明治の子院群統合の際に現在の位置へ移築・改修された。切妻造本瓦葺で、五平の親柱に冠木を渡し、太い木柄で大玄関とともに本坊の格式をよく示している。

金剛寺本坊客殿
大阪府 江戸 登録有形文化財
金剛寺本坊客殿

天野山金剛寺本坊の庭園に面して建つ江戸中期の建物で、もとは子院・中院の庫裏。東向きで広縁を廻らせ、8畳間を3室連ねた2列の平面に筬欄間を入れる。改修の年は文化庁と寺の保存活用計画で記録が異なっている。

金剛寺本坊持仏堂
大阪府 江戸 登録有形文化財
金剛寺本坊持仏堂

天野山金剛寺本坊の回遊式庭園の一端をなす江戸中期の仏堂で、もとは子院・中院の持仏堂。3間四方で東を向き、背面に仏壇を張り出す。宝形造銅板葺の屋根を面取角柱と舟肘木で支える、近世子院の持仏堂の好例である。