藤井家住宅離れ ― 昭和のはじめ、農家に届いた数寄屋の作法
年代を明かすのはガラスである。東・南面にはガラス障子が立つ。紙ではなく硝子を嵌めた障子で、この一点がこの建物を昭和前期に確実に置く。板ガラスの国内生産は明治の末に始まっていたが、離れの建具に迷わず入れられるほど安く安定したのは、大正から昭和のはじめにかけてのことだった。
藤井家住宅の離れは、主屋の土間部の後方に南北棟で建つ。生駒山西斜面、大阪府東大阪市東石切町の南北に長い敷地である。文化庁のデータベースは年代を昭和前期、1926年から1945年とし、木造平屋建、瓦葺、建築面積約63平方メートルと記す。主屋とともに登録された附属の6棟のなかで最も大きく、最も新しい。
平面は明快だ。八畳の座敷と次の間を並べ、東・南面に縁を設ける。切妻造の屋根の周囲に下屋を廻らし、桟瓦で葺く。
離れとは主屋から独立した棟をいう。家によって、客のため、隠居のため、あるいは日常の家では収まらない用向きのために使われた。この離れは、用向きのために建てられている。
数寄屋意匠が意味するもの
解説文は「造作等に数寄屋意匠を加味し」と記す。この一句が背負うものは大きい。
数寄屋は茶室から育った建築の言葉である。書院造が左右の均衡、角材、部位の厳格な序列を要求するのに対し、数寄屋はそのすべてを意図的にゆるめる。細い部材、木の肌をそのまま見せる仕上げ、非対称、格ではなく肌合いで選ばれた材。十六世紀の茶人たちの抑制の美学として始まり、近代に至ると、富裕であるだけでなく教養があると見せたい家が手を伸ばす語法になった。
その証拠が座敷の西面にある。床、すなわち軸を掛け花を活ける空間があり、その脇に床脇、棚や地袋で構成される従属部が添う。ここまでは格式ある座敷の標準装備だ。しかしその床に織部窓が穿たれている。織部窓の名は、慶長二十年(1615年)に没した茶人にして大名、古田織部に由来する。千利休のあとを受け、不均整を好む美意識で茶の建築を変えた人物だ。織部窓は床の壁に開けられた小さな窓で、そこに置かれたものへ、計られた分量の光を落とす。
組み合わせてみたい。生駒山の斜面の農家が、昭和のはじめに離れを建て、十六世紀の茶人の名を冠した窓を指定する。解説文はこの棟を「瀟洒な佇まいの離れ建築」と結んでいる。
新しい建物が登録される意味
離れの登録は2016年(平成28年)11月29日、登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0658、第85回登録。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。藤井家住宅の登録番号は27-0663まで続き、その先頭がこの離れである。
登録は指定の格下げ版ではない。日本は二つの制度を並走させている。古いほうの指定は、限られた数の傑出した建造物を選んで許可制のもとに置く。国宝も重要文化財もそこにある。1996年(平成8年)に始まった登録は、築50年程度を経て土地の歴史的な性格を形づくる建造物を対象とし、届出制で動き、所有者が使い続けることを前提とする。
昭和10年前後の建物は、後者がまさしく想定した対象にあたる。指定を受けるには新しすぎ、単に古びた建物と見なされて単独では守りにくい。しかし離れは藤井家住宅にとって付け足しではない。江戸に根を持つ家が、次に欲したのが大きな家ではなく良い座敷であったこと、そしてそれを建てるために茶人たちの語彙を借りたこと。その瞬間を記録している。
藤井家住宅からは7棟が一度に登録された。江戸末期の表門と乾蔵、明治の米蔵、大正の納屋、そしてこの離れ。この屋敷は一時点の写真ではなく連なりであり、離れはその最終章にあたる。
訪ねる
藤井家住宅は法人が所有する私有地で、定期公開はない。離れは主屋の後方にあり、公道からは見えない。
道から見られるのは表門と乾蔵が形づくる表構えである。公道にとどまっていただきたい。
東大阪市の古民家を対象とした地域行事で、秋に日程を定めた公開が行われた例がある。不定期であり当てにはできない。内部を見たい場合は、東大阪市教育委員会または大阪文化財ナビで事前に確認していただきたい。
最寄りは近鉄奈良線の石切駅。数寄屋への関心でここまで来たのであれば、近くの石切劔箭神社の参道には古い町並みが残っており、一時間を割く価値がある。
Q&A
- 離れとはどのような建物ですか。
- 主屋から独立して建つ棟をいいます。家によって客用、隠居用、あるいは日常から切り離した接客の場として用いられました。藤井家の離れは座敷を備えた接客の棟です。
- 織部窓とは何ですか。
- 床の壁に穿たれた小さな窓で、慶長二十年(1615年)に没した茶人・古田織部の名に由来します。床に置かれたものへ光を制御して当てるためのもので、茶の美意識の影響を示す設えです。
- 数寄屋と書院はどう違うのですか。
- 書院造は左右の均衡、角材、部位の序列を重んじます。茶室から育った数寄屋は、細い部材、自然な木肌、非対称、肌合いの妙を好みます。優劣ではなく語法の違いです。
- ガラス障子がなぜ年代の手がかりになるのですか。
- 国産の板ガラスが一般の住宅に手の届く価格になったのは大正から昭和初期です。障子に紙ではなく硝子を入れることは当時としては新しい選択であり、記録された1926~1945年という年代と符合します。
- 見学できますか。
- 通常はできません。定期公開のない私有地で、離れは主屋の後方にあり道路からは見えません。地域行事での公開例はありますが不定期で、事前確認が必要です。
基本データ
| 名称 | 藤井家住宅離れ(ふじいけじゅうたくはなれ) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0658 |
| 登録年月日 | 2016年(平成28年)11月29日 第85回登録 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 昭和前期(1926~1945年) |
| 構造及び形式 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積63平方メートル |
| 平面 | 八畳座敷と次の間を並列。東・南面に縁 |
| 屋根 | 切妻造。周囲に下屋を廻らし桟瓦葺 |
| 特徴 | 数寄屋意匠の造作。織部窓を穿つ床と床脇。ガラス障子 |
| 所在地 | 大阪府東大阪市東石切町五丁目500-1 |
| 所有者 | きりう不動産信託株式会社 |
| 交通 | 近鉄奈良線 石切駅 |
| 公開状況 | 私有地につき定期公開なし。公道からは見えない |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)藤井家住宅離れ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011360
- 文化遺産オンライン 藤井家住宅離れ
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/221287
- 文化遺産オンライン 藤井家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284426
- 文化庁 第172回文化審議会文化財分科会議事要旨
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/16/pdf/gijiyoshi_172.pdf
- 東大阪市 指定登録文化財一覧
- https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000031698.html
最終更新日: 2026.07.16