藤井家住宅米蔵 ― 土戸に木瓜を表した、明治後期の蔵
米を入れる蔵に、文様を付けようと決めた人がいる。この建物について面白いのはその一点で、あとはそこから派生する。
米蔵は藤井家住宅の敷地南東隅、生駒山西斜面の南北に長い地割の奥に、南北棟で建つ。土蔵造の二階建、桁行5.9メートル、梁間3.9メートル、建築面積は約28平方メートル。戸口は西面にあり、小さな下屋がかかる。
その戸が土戸である。木の芯に土を塗り固めた重い扉で、火を遮る。開き戸ではなく片引で、横に引いて開く。そして扉の面に木瓜が表されている。木瓜は日本の家紋の基本形の一つで、丸みを帯びた輪郭が四方に張り出す形。瓜の断面とも、鳥の巣を象ったともいわれる。
文化庁の解説は「木瓜を表す土戸」とのみ記す。それが藤井家の定紋であったかどうかは記録されていないため、可能性として留めておくのがよいだろう。
明治後期という年代
米蔵は藤井家の蔵のなかで、際立って新しい。文化庁は年代を明治後期、1898年から1912年とする。一方、敷地前面の乾蔵は江戸末期、1868年以前である。この二棟の間には、日本が最初の産業化の世代をまるごと通過した時間が横たわっている。
その隔たりが示すのは、なお建てていた家である。投資をやめた家は、1900年前後に土蔵造二階建の蔵を新たに起こしたりしない。米を納める必要があり、それまでの設えでは足りなくなったか、置き場所が適当でなくなったか。ともあれ新しい蔵が敷地の奥に立った。
登録は2016年(平成28年)11月29日、登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0660、第85回登録。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。同年7月の文化審議会答申を受け、藤井家住宅の7棟が一括して登録簿に入った。
登録制度については補足がいる。指定の下位版と誤解されやすいが、そうではない。日本は二つの制度を並走させている。古いほうの指定制度は、限られた数の傑出した建物を許可制のもとで保護する。1996年(平成8年)に始まった登録制度が扱うのは別の課題で、築50年程度を経て土地の性格を形づくってきた、ありふれた建物の消失である。届出制を基本とし、外観を大きく変える前に届け出れば、あとは使い続けてよい。狙いは琥珀に封じることではなく、続けさせることにある。
細部を見る
妻壁には円窓が穿たれている。解説文は「両妻に円窓二窓」とする。土蔵に丸い窓を開けるのは、構造上の都合ではない。厚い土壁を丸く抜き、返しを正確に塗り回すのは、四角い窓より手間がかかる。しかも丸窓には含意がある。禅宗の建築、月、遮るもののない眺め。米蔵に円窓を付けることは、米蔵を実用一辺倒の建物として扱うまいとする、ささやかな抵抗だ。
外壁は中塗仕上げ。白漆喰を掛けず、中塗の層をそのまま見せる。前面の乾蔵が白く仕上げられているのと比べたい。表の建物には漆喰が回り、奥の建物には土の色が残る。壁の中ほどには鉢巻が巡る。鉢のように壁を締める塗り出しの帯で、高さを分節し、雨を切る。
屋根は置屋根式。土壁の躯体から浮かせた独立の架構で、切妻造桟瓦葺とする。屋根と壁の間に見える隙間は、この系統の土蔵を見分ける手がかりになる。雨を土壁に触れさせず、火が出たときには時間を稼ぐ。
解説文は「宅地後方の景観を形成する土蔵」と結ばれる。慎重な言い方だが、要するにこの蔵はずっと背景の建物であり、正面から近づかれることなく、塀越しに、他の屋根の間から見られてきたということだ。それでもこの家は、その蔵に紋を入れ、円窓を開け、鉢巻を塗り回した。
訪ねる
藤井家住宅は法人所有の私有地で、常時の公開はない。米蔵は敷地の奥に位置し、登録建造物のなかでも外部から最も見えにくい。
現地を訪ねても、見られるのは表構えだけと考えたほうがよい。表門と乾蔵は公道から読み取れる。敷地に立ち入ったり、塀越しに奥の建物をのぞこうとしたりはなさらぬよう。
東大阪市では市内の古民家を公開する行事が不定期に行われ、秋に日程が示されることが多い。恒例のものではなく、当てにはできない。東大阪市教育委員会または大阪文化財ナビで確認していただきたい。
最寄りは近鉄奈良線の石切駅。同じ斜面の上にある。
Q&A
- 土戸の「木瓜」とは何ですか。
- 木瓜(もっこう)は日本の家紋の基本形の一つで、丸みのある輪郭が四方に張り出す文様です。瓜の断面や鳥の巣を象ったといわれます。文化庁は土戸に木瓜が表されていると記録していますが、それが藤井家の定紋であったかについては記載がありません。
- 同じ敷地の乾蔵とはどう違いますか。
- 年代でおよそ二世代、仕上げでも異なります。乾蔵は江戸末期、通りに面し、白漆喰塗で本瓦葺。米蔵は明治後期、敷地の奥にあり、中塗仕上げのまま桟瓦葺とします。
- 土戸が引戸なのはなぜですか。
- 土戸は木の芯に土を塗り固めた防火扉で、非常に重くなります。蝶番で吊るより敷居を滑らせるほうが重量を支えやすく、いざというとき素早く閉められます。
- 登録有形文化財は重要文化財より価値が低いのですか。
- 上下の関係ではなく、別の制度です。指定は限られた数の傑出した建造物を許可制で保護します。登録は1996年に始まった届出制の枠組みで、ありふれた歴史的建造物を使いながらその場に残すことを目的としています。
- 見学できますか。
- 容易ではありません。定期公開のない私有地の奥にあり、公道からは見えません。表門と乾蔵であれば通りから見ることができます。
基本データ
| 名称 | 藤井家住宅米蔵(ふじいけじゅうたくこめぐら) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0660 |
| 登録年月日 | 2016年(平成28年)11月29日 第85回登録 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 明治後期(1898~1912年) |
| 構造及び形式 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積28平方メートル |
| 寸法 | 桁行5.9メートル、梁間3.9メートル |
| 屋根 | 置屋根式、切妻造桟瓦葺。西面戸口に下屋 |
| 所在地 | 大阪府東大阪市東石切町五丁目500-1 |
| 所有者 | きりう不動産信託株式会社 |
| 交通 | 近鉄奈良線 石切駅 |
| 公開状況 | 私有地につき定期公開なし。敷地奥に位置し公道からは見えない |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)藤井家住宅米蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011362
- 国指定文化財等データベース(文化庁)藤井家住宅乾蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011361
- 文化遺産オンライン 藤井家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284426
- 文化庁 第172回文化審議会文化財分科会議事要旨
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/16/pdf/gijiyoshi_172.pdf
- 東大阪市 指定登録文化財一覧
- https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000031698.html
最終更新日: 2026.07.16