藤井家住宅納屋 ― 敷地でいちばん飾りのない建物

納屋の中では、小屋組に丸太が使われている。角材ではない。皮を剥いただけの、木そのものの太りをまだ残した丸太が、必要な場所に、仰々しい仕口を伴わずに架かっている。

この一点が建物の鍵である。藤井家住宅の納屋は働く建物であり、働く建物に見えるように建てられた。

離れと米蔵の間、生駒山西斜面の南北に長い地割の中ほどに建つ。大阪府東大阪市東石切町。周囲の棟が南北方向であるのに対し、納屋だけが東西棟である。文化庁のデータベースは土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積約34平方メートル、桁行6.9メートル、梁間3.9メートルと記す。内部は土間。床は張られず、外と同じ地面が続く。

北面には半間、およそ0.9メートル幅の張出しがあり、外側は吹放ち。屋根がそのまま葺き下ろされている。壁沿いに屋根だけかかった土間の帯である。雨に濡らしたくないものを一時置く場所であり、荷を持ち直す間、自分が雨をよける場所でもある。出入口は東寄りに開く。

「ありふれていること」と登録制度

納屋の登録は2016年(平成28年)11月29日、登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0661、第85回登録。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。年代は大正期、1912年から1926年で、平成13年(2001年)の改修が記録されている。同年7月の文化審議会答申を受け、藤井家住宅の7棟が一括して登録簿に入った。

ここで当然の疑問が出る。なぜ納屋が国に認められるのか。

答えは制度の設計そのものに書かれている。日本の建造物保護には二つの道がある。古いほうの指定制度は、限られた数の建物を傑出したものとして選び、許可制のもとに置く。国宝も重要文化財もこちらだ。1996年(平成8年)に創設された登録制度は、指定では届かない領域のために作られた。1990年代の日本は、選抜型の制度では到底追いつかない速度で古い建物を壊し続けており、消えていくのは名作ではなく、その土地をその土地らしく見せていた建物群だった。民家、蔵、納屋。登録はおおむね築50年以上を対象とし、許可ではなく届出で動き、所有者が使い続けることを前提とする。

この論理のもとでは、納屋は周辺的な事例ではない。ど真ん中の事例である。藤井家住宅のような屋敷は、住まいに装飾を足したものではなく、住まいに稼働する家の仕組みを加えたものだ。そして最初に消えるのはたいてい仕組みのほうである。納屋に感傷を抱く人は少ないからだ。解説文が「屋敷構えを構成する附属屋」と述べるとき、それは納屋が全体の意味を支える部材だと言っている。

見どころ

機会があれば小屋組を見上げたい。丸太を使う架構は、費用と手間に対する在郷の回答である。丸太を角に挽けば材が減り、日数を食う。納屋の屋根でそれをして得るものはない。丸太で持つところは丸太で持たせた。結果として、部材ごとに太さの違う、わずかに不揃いな幾何が生まれる。格式ではなく在地の建物であることが、ひと目で伝わる。

ないものにも目を向けたい。白漆喰がない。円窓がない。戸に紋がない。格の高い妻飾りがない。同じ敷地の他の棟には、そのすべてがある。三十メートルと離れていない米蔵は、土戸に木瓜を表し、両妻に円窓を穿つ。納屋にあるのは丸太と土間だ。

その落差こそが要点である。この階層の日本の屋敷は段階を持って構成され、建物は仕上げによって自らの段階を告げる。上位に表と格式、すなわち門、通りに面する蔵、客を迎える座敷。下位に働く建物と簡素さ。磨かれた建物だけを読んだ訪問者は、文の半分しか読んでいない。

データベースが記録する2001年の改修にも、それ自体触れておく価値がある。登録の十五年前、何の義務もない時点で、この納屋に金を使った人がいた。この建物が残っているのは守られたからではなく、手入れされてきたからである。

訪ねる

藤井家住宅は法人が所有する私有地で、定期公開はない。納屋は主屋の後方、敷地の中ほどにあり、公道からは見えない。

道から見られるのは表構え、すなわち表門とそれに接続する乾蔵である。公道にとどまり、敷地内をうかがおうとはなさらぬよう。

東大阪市の古民家を対象とした地域行事で、秋に日程を定めて公開が行われた例がある。不定期であり保証はない。東大阪市教育委員会または大阪文化財ナビで事前に確認していただきたい。

最寄りは近鉄奈良線の石切駅。

Q&A

Q納屋とはどのような建物ですか。
A農家や在郷の屋敷に付属し、道具や作物、資材などを収める建物です。見せるための建物ではなく働くための建物で、その簡素さは貧しさではなく用途に由来します。
Qなぜ小屋組に丸太を使うのですか。
A角材に挽けば手間がかかり材も減りますが、納屋の屋根ではそれによる利点がありません。丸太で荷が持てる箇所には丸太を用いました。日本各地の在地建築に共通する手法です。
Q簡素な納屋がなぜ文化財に登録されるのですか。
A登録制度がそのために作られたからです。1996年創設のこの制度は、築50年程度を経て地域の歴史的な性格を形づくり、かつ急速に失われつつあった一般的な建造物を対象とします。働く建物は真っ先に消えるため、残っていること自体に意味があります。
Q2001年の改修では何が行われたのですか。
A文化庁は平成13年の改修を記録していますが、その範囲までは記していません。登録よりはるか以前から手入れが続けられていたことがわかります。
Q見学できますか。
Aできません。定期公開のない私有地で、納屋は敷地の内側にあり道路からは見えません。表門と乾蔵は公道から見ることができます。

基本データ

名称藤井家住宅納屋(ふじいけじゅうたくなや)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0661
登録年月日2016年(平成28年)11月29日 第85回登録
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代大正期(1912~1926年)/平成13年(2001年)改修
構造及び形式土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積34平方メートル
寸法桁行6.9メートル、梁間3.9メートル
屋根切妻造桟瓦葺。北面の吹放ち土間に葺下ろす
内部土間。小屋組に丸太を使用
所在地大阪府東大阪市東石切町五丁目500-1
所有者きりう不動産信託株式会社
交通近鉄奈良線 石切駅
公開状況私有地につき定期公開なし。公道からは見えない

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)藤井家住宅納屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011363
文化遺産オンライン 藤井家住宅納屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/292940
文化遺産オンライン 藤井家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284426
文化庁 第172回文化審議会文化財分科会議事要旨
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/16/pdf/gijiyoshi_172.pdf
東大阪市 指定登録文化財一覧
https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000031698.html

最終更新日: 2026.07.16