藤井家住宅乾蔵 ― 敷地北西隅、表門の脇に立つ道具蔵
「乾」は北西を指す古い方位語である。十二支と八卦を組み合わせた方位の呼び名で、戌と亥の間、すなわち北西にあたる。藤井家住宅の乾蔵は、その名のとおり敷地の北西隅、表門のすぐ西脇に南北棟で建っている。
敷地は生駒山の西斜面下部、大阪府東大阪市東石切町にある。南北に細長い地割で、主屋を北寄りに置き、その周囲に蔵や附属屋が配される。藤井家住宅からは7棟が国の登録有形文化財となっており、乾蔵はそのうち最も古い部類に属する。文化庁のデータベースは年代を江戸末期、西暦にして1830年から1868年の範囲としている。
規模は大きくない。建築面積約23平方メートル、桁行5.9メートル、梁間3.9メートル。土蔵造の二階建で、東面の南寄りに戸口を開く。
登録有形文化財という制度
日本の建造物保護には、性格の異なる二つの制度が並んで存在する。乾蔵の肩書を正しく読むには、この違いを押さえておく必要がある。
古いほうが「指定」の制度である。国宝や重要文化財は国が特に優れたものとして選び、現状変更には許可を要する。保護の網は厚いが、その分対象は限られる。
もう一つが「登録」の制度で、1996年(平成8年)に創設された。指定制度が取りこぼしてきた領域、つまり町や村の日常を形づくってきた建物を対象とする。民家、蔵、店舗、橋。おおむね築50年を経て、その土地の景観を支えている建造物である。届出制を基本とし、外観に大きく手を入れる際に届け出れば足りる。許可を仰ぐ必要はない。建物は使われ続け、その代わりに税制上の優遇や技術的な助言が与えられる。
乾蔵の登録は2016年(平成28年)11月29日、登録番号27-0659、第85回登録である。同年7月15日の第172回文化審議会文化財分科会で答申され、藤井家住宅の各棟が一括して登録された。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。
この基準の文言に注目したい。建築として傑出している、とは書かれていない。その場所をその場所らしく見せている、と書かれている。表門と並んで通りに白い壁を向ける乾蔵は、道行く人が藤井家住宅について目にするものの、ほぼ半分を占めている。
細部を見る
同じ敷地に建つ他の蔵と乾蔵を分けるのは、三つの点である。
まず屋根が本瓦葺であること。平瓦と丸瓦を交互に葺く、格式の高い葺き方だ。藤井家の他の蔵は桟瓦葺で、こちらは17世紀末に考案された一体成形の簡便な瓦である。道具蔵という実用の建物に本瓦を用いるのは、ささやかだが意図のある選択といえる。通りに面する蔵だからである。
次に置屋根式であること。土蔵の屋根を土壁の箱の上に直接載せず、独立した架構として少し浮かせて掛ける工法をいう。雨は外側の屋根で受け切られ、土壁に触れない。火が回っても、外の屋根が焼け落ちる間、内側の箱は持ちこたえる可能性がある。二重の殻がそれぞれの役割を果たす。
三つめは腰まわりだ。外壁は漆喰塗だが、腰の部分に人造石洗出しが用いられている。セメントに石の粒を混ぜて塗り、硬化しきる前に表面を洗い流して骨材を露出させる左官技法で、近代のセメント普及とともに広まり、明治から大正の職人が好んだ。江戸末期に建った蔵にこの仕上げがあるということは、後年の補修の際、当時の新材料が選ばれたことを意味する。守られてきただけでなく、手を入れられ続けてきた建物なのである。
北妻などの小窓には、持送を介して浅い庇が付く。蔵の窓は通風と防犯の折り合いをつける難しい場所で、庇があるからこそ雨の日にも開けておける。
訪ねる
藤井家住宅は法人が所有する私有地で、常時の一般公開は行われていない。資料館ではないし、そのように振る舞ってもいない。
できるのは前の道を歩くことである。表門と乾蔵は一体となって通りに向かう表構えを形づくっており、いずれも敷地に入らずとも公道から見ることができる。撮影は道からにとどめ、門に近づきすぎないこと。
東大阪市内に残る古民家をめぐる地域行事の中で、藤井家住宅の建物が公開された例が過去にある。秋の限られた日程で行われることが多いが、恒例化しているものではない。内部を見たい場合は、東大阪市教育委員会や大阪文化財ナビの案内で事前に確認するほかない。
最寄りは近鉄奈良線の石切駅。同じ斜面の上にある。石切劔箭神社の参道には昔ながらの店が連なり、この一帯は大阪の中でも変化の少ない場所として歩く価値がある。
Q&A
- 「乾蔵」とはどういう意味の名前ですか。
- 「乾(いぬい)」は北西を指す方位語です。敷地の北西隅に建つ蔵であることから、そのまま名称になっています。日本の屋敷では附属屋を方位で呼ぶ例が多く見られます。
- 登録有形文化財は重要文化財とどう違うのですか。
- 制度そのものが別です。重要文化財や国宝は国が指定し、現状変更に許可を要します。登録有形文化財は1996年に始まった届出制の緩やかな仕組みで、築50年程度を経て地域の景観を支える建造物を対象とし、使いながら残すことを前提としています。
- 建てられたのはいつ頃ですか。
- 文化庁のデータベースでは江戸末期、1830年から1868年の範囲とされています。主屋や表門と同時期にあたり、藤井家住宅の登録建造物のなかでは古い部類です。
- 見学はできますか。
- 通常はできません。私有地であり定期公開はありません。外観は公道から見ることができます。過去に地域の古民家公開行事で公開された例はありますが、不定期のため事前確認が必要です。
- 置屋根式とはどのような構造ですか。
- 土壁の躯体に屋根を直接載せず、独立した架構として上に掛ける工法です。雨水が土壁に触れず、火災時にも内部が守られやすくなります。土蔵建築の定石で、軒まわりの隙間から見分けられます。
基本データ
| 名称 | 藤井家住宅乾蔵(ふじいけじゅうたくいぬいぐら) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0659 |
| 登録年月日 | 2016年(平成28年)11月29日 第85回登録 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 江戸末期(1830~1868年) |
| 構造及び形式 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23平方メートル |
| 寸法 | 桁行5.9メートル、梁間3.9メートル |
| 屋根 | 置屋根式、切妻造本瓦葺 |
| 所在地 | 大阪府東大阪市東石切町五丁目500-1 |
| 所有者 | きりう不動産信託株式会社 |
| 交通 | 近鉄奈良線 石切駅 |
| 公開状況 | 私有地につき定期公開なし。外観は公道から見学可能 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)藤井家住宅乾蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011361
- 文化遺産オンライン 藤井家住宅乾蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/243978
- 文化遺産オンライン 藤井家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284426
- 文化庁 第172回文化審議会文化財分科会議事要旨
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/16/pdf/gijiyoshi_172.pdf
- 東大阪市 指定登録文化財一覧
- https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000031698.html
最終更新日: 2026.07.16