古畑家住宅長屋門とは
古畑家住宅長屋門は、大阪府高槻市中畑にある大正期(1912年から1925年)建築の木造平屋建の長屋門で、平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財となった。建築面積は19平方メートル。
屋敷の主屋から見て東南、敷地の東辺を走る通りに面して建つ。屋根は桟瓦葺で、南の端を入母屋造とする。北の端は隣の東二の蔵に取り付いており、門の屋根はそのまま蔵の壁に突き当たって終わる。
長屋門は、門の両脇または片側に部屋を付けて一棟に仕立てた門である。古畑家住宅長屋門では、北寄りを門口とし、南寄りの1間を板敷の男衆部屋にあてている。屋敷で働く男たちの詰所を、通りに面した門の内側に置いた構成である。
登録の理由
古畑家住宅長屋門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は27-0492である。文化庁の解説は、通りに沿って並び建つ土蔵群とともに重厚な屋敷構えをつくっている点を挙げる。
単独の門として見れば、建築面積19平方メートルの小さな建物にすぎない。評価されたのは、東二の蔵、東一の蔵と一列につながり、屋敷の正面となる通り側の外観を形づくっていることである。登録は8棟それぞれに行われているが、この長屋門は蔵の列と合わせて見てはじめて評価の理由が分かる。
見どころ
門口には両開きの板戸が吊られ、その脇に潜戸が開く。大きな板戸は荷車や大きな荷物を通すとき、潜戸は人が日常に出入りするときに使い分ける仕組みである。板戸を閉じたままでも人の出入りができる。
左右の端の納まりが違う点も見ておきたい。南の端は入母屋造で屋根を完結させ、北の端は屋根を東二の蔵に取り付けて終わらせる。一方は独立した建物の顔、もう一方は蔵へ連なる壁の一部として扱われている。通りから眺めると、門から蔵へと視線が途切れずに流れるのはこの北端の処理による。
南寄りの男衆部屋は板敷の1間である。門口と部屋が一つの屋根の下に収まり、門の脇にそのまま人の居場所がある。
見学方法
古畑家住宅長屋門は、屋敷の8棟のなかで公道から外観を見られる数少ない一棟である。敷地東辺の通りに面しており、門口の板戸と潜戸、南端の入母屋の屋根、北端で東二の蔵につながる様子を道から確かめられる。
ただし門の内側は個人の住まいで、立ち入りはできない。門が開いていても入らないこと。通りは集落の生活道路なので、立ち止まるときは通行の妨げにならない位置を選び、撮影は外観にとどめてほしい。
よくある質問
- 古畑家住宅長屋門は外から見られますか。
- 敷地東辺の通りに面しているので、公道から外観を見ることができます。門の内側は個人の住まいで、立ち入りや内部の見学はできません。
- 古畑家住宅長屋門はいつ建てられましたか。
- 文化庁のデータベースは大正期(1912年から1925年)の建築としています。平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財となりました。
- 古畑家住宅長屋門の男衆部屋とは何ですか。
- 門の南寄りに設けた板敷の1間の部屋です。屋敷で働く男たちが詰めた部屋で、門口と同じ屋根の下にあります。
- 古畑家住宅長屋門はなぜ登録されたのですか。
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。北端で東二の蔵につながり、通りに沿って並ぶ土蔵群とともに屋敷の表構えをつくっている点が評価されています。
- 古畑家住宅長屋門の門口はどのような造りですか。
- 建物の北寄りに門口を設け、両開きの板戸を吊っています。板戸の脇には潜戸が開き、大戸を閉じたまま人が出入りできます。
基本データ
| 名称 | 古畑家住宅長屋門(こばたけじゅうたくながやもん) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府高槻市大字中畑小字清谷23 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成20年(2008年)7月8日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積19平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 内部は非公開。外観は公道から見学可能 |
参考資料
- 文化庁 国指定文化財等データベース 古畑家住宅長屋門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007263
- 文化庁 国指定文化財等データベース 古畑家住宅東二の蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007259
- 高槻市 指定登録文化財一覧表
- https://www.city.takatsuki.osaka.jp/site/history/4535.html
最終更新日: 2026.09.25