敷地の北西隅に建つ米蔵
奥野家住宅米蔵は、大阪府枚方市春日元町にある江戸時代末期(1830〜1868年頃)の土蔵で、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財となった。登録番号は27-0671。
敷地の北西隅に東を向いて建つ土蔵造の平屋で、桁行3間、梁間2間。建築面積は23平方メートルある。屋根は切妻造の桟瓦葺とする。
米蔵の名のとおり、収穫した米を納めるための蔵と考えられる。農家にとって米は食料であると同時に年貢や売買の元手でもあり、湿気と火から守ることが何より求められた。
塗り込めた庇と二室の内部
奥野家住宅米蔵の正面の出入口には庇が付き、その庇は軒裏まで土で塗り込めてある。木部を露出させないことで、庇が火の通り道になるのを防ぐ造り方である。
内部は二室に間仕切られ、柱を見せる真壁の仕上げとする。外壁は漆喰塗りで腰に板を張り、妻面には水切りの庇を付けて、壁面を伝う雨水を切っている。
同じ屋敷の衣装蔵や道具蔵が妻面に鉢巻を廻らすのに対して、奥野家住宅米蔵は水切り庇で妻面を整えている。防火と防水の工夫を外観の要素として見せている点に特徴がある。
登録の理由
奥野家住宅米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、良好な街路景観を形成している点を評価している。
敷地の角という位置がその理由の一つである。東の中庭側に正面を向けているため、通りに面するのは背面や妻の側になる。出入口のない白い壁と水切り庇の並びが、屋敷の外周を形づくっている。
見どころ
奥野家住宅米蔵を見るなら、妻面の水切り庇に注目したい。壁の途中に細い庇が水平に走り、白い面を上下に分けている。雨の後には、庇の下だけ壁の色が乾いて見えることもある。
正面の庇が軒裏まで塗り込められている点は、敷地の外からは確認しにくい。解説文の記述として覚えておくと、ほかの土蔵を見るときの比較の目安になる。
見学について
奥野家住宅米蔵は個人の住宅の敷地内にあり、内部は公開されていない。外観は、敷地の北西の角に近い公道から見ることができる。敷地へは立ち入らず、住人の生活に配慮して短時間で済ませたい。屋敷への行き方は奥野家住宅(枚方市)のページにまとめてある。
Q&A
- 奥野家住宅米蔵は見学できますか?
- 内部は公開されていません。敷地の北西隅に建つ蔵で、外観は近くの公道から見ることができます。
- 奥野家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
- 江戸時代末期(1830〜1868年頃)の建築とされています。
- 奥野家住宅米蔵の構造の特徴は?
- 桁行3間・梁間2間の土蔵造平屋建で、切妻造桟瓦葺。正面の庇を軒裏まで塗り込め、内部は二室に間仕切った真壁、妻面には水切りの庇を付けています。
- 奥野家住宅米蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 平成29年(2017年)5月2日で、登録番号は27-0671です。
- 豊中市の奥野家住宅米蔵とは違う建物ですか?
- 別の建物です。豊中市中桜塚の奥野家住宅にも米蔵があり、そちらは明治43年(1910年)建築の土蔵造2階建で、平成20年(2008年)に登録されています。
基本情報
| 名称 | 奥野家住宅米蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府枚方市春日元町2丁目273 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成29年(2017年)5月2日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積23平方メートル、桁行3間・梁間2間、土蔵造平屋建 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(外観は公道から) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 奥野家住宅米蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011538
最終更新日: 2026.09.26