旧松野家住宅(野口家住宅)小屋とは

旧松野家住宅(野口家住宅)小屋(きゅうまつのけじゅうたく(のぐちけじゅうたく)こや)は、佐賀県佐賀市大和町梅野の旧家の屋敷に建つ座敷付きの付属屋で、明治前期に建てられ、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財となった。

文化庁のデータベースは明治前期の幅を1868年から1882年とし、屋敷に残る登録4件のなかで最も古い。明治42年(1909年)頃とされる主屋より、一世代ほど早く建ったことになる。

場所は主屋の東、敷地の北東の隅で、西に正面を向ける。建築面積は61平方メートル。

青年組の宿として使われた小屋

旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は登録番号41-0132、主屋と同じ「造形の規範となっているもの」の基準で登録された。文化庁の解説はそれに加え、この建物が地域の習俗を伝えるうえでも貴重だと書く。理由は、青年組の宿に使われたことにある。

青年組は集落の若者たちがつくる集団で、その宿は一般に、若者が集まって夜を過ごす場所を指す。旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は物置であると同時に、そうした集まりを受け入れる部屋を持っていた。農家の付属屋が村の付き合いの場を兼ねていたことを、建物そのものが伝えている。

物置と座敷を合わせた造り

旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は物置と座敷の2つの部分からなる。物置には農機具や薪などを納めていた。

座敷には床の間、その上部の天袋、壁から張り出さない平書院を備え、まわりに縁を廻らす。床まわりをひととおり整えた座敷で、物置と同じ屋根の下にあるとは思えない構えである。

構造はつし二階で、桟瓦葺の屋根を載せる。文化庁のデータベースの構造欄は木造2階建と記し、解説はつし二階建とするので、天井の低い2階を持つ形と読める。2階の外壁は、妻側(屋根の三角形が見える面)の壁を柱の見えない大壁に仕上げている。

見学方法

旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は個人所有の屋敷の中にあり、内部は公開されていない。確認した範囲では一般公開の案内も見当たらなかった。敷地の北東の隅に建つため、道からの見え方も限られると考えられる。

文化庁の国指定文化財等データベースには、正面の外観と内部の写真が載っている。写真説明では建物を「コヤ」と片仮名で呼んでいる。屋敷への道筋と見学時の注意は、旧松野家住宅(野口家住宅)のページにまとめた。

Q&A

Q旧松野家住宅(野口家住宅)小屋はいつ建てられましたか。
A明治前期(1868年〜1882年)の建築です。屋敷に残る登録4件のなかで最も古い建物です。
Q旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は何に使われていた建物ですか。
A物置と座敷を備えた建物で、物置には農機具や薪などを納めていました。座敷は集落の青年組の宿にも使われました。
Q旧松野家住宅(野口家住宅)小屋の座敷にはどんな設えがありますか。
A床の間、天袋、平書院を備え、まわりに縁を廻らしています。
Q旧松野家住宅(野口家住宅)小屋が登録有形文化財になったのはいつですか。
A令和6年(2024年)3月6日です。登録番号は41-0132で、「造形の規範となっているもの」の基準によります。
Q旧松野家住宅(野口家住宅)小屋は見学できますか。
A内部は公開されていません。個人所有の屋敷の中にあり、一般公開の案内は確認できませんでした。

基本データ

名称旧松野家住宅(野口家住宅)小屋(きゅうまつのけじゅうたく(のぐちけじゅうたく)こや)
所在地佐賀県佐賀市大和町大字梅野字水無3068
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 41-0132
指定年令和6年(2024年)3月6日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積61平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人所有)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧松野家住宅(野口家住宅)小屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014980
新しく指定・登録された文化財の紹介(佐賀県)
https://www.pref.saga.lg.jp/kiji0031346/index.html
旧松野家住宅(野口家住宅)主屋、小屋、門柱及び石垣、取水池 計4件(さがの歴史・文化お宝帳)
https://saga-otakara.jp/search/detail.html?cultureId=5450&cityId=2

最終更新日: 2026.10.02