旧長崎街道多良往還に面した寛政8年創業の造り酒屋
矢野酒造は、佐賀県鹿島市大字高津原の旧長崎街道多良往還沿いにある寛政8年(1796年)創業の造り酒屋で、主屋・旧精米所・離れ・東蔵・中蔵・西蔵・麹室の7棟が平成18年(2006年)8月3日にそろって国の登録有形文化財に登録された。代表銘柄は「竹の園(たけのその)」と「肥前蔵心(ひぜんくらごころ)」である。
佐賀県遺産データベースの説明では、鹿島市は多良岳山系の伏流水と地元の良質な米に支えられて酒造りが栄え、いまも酒造場の主屋や土蔵が数多く残る土地である。矢野酒造は、多良海道とも呼ばれた旧長崎街道多良往還に面し、創業の地で酒を造り続けている。
蔵の歩みでひとつの区切りになるのが明治39年(1906年)である。酒造業を営む矢野権右衛門の五男に生まれた矢野和良が、家業を継いだ二人の兄のあとを受けて五代目当主となり、商いの規模を広げていった。蔵元によれば「竹の園」の銘は和良の代に生まれたもので、大正天皇の即位という慶事にあたり、皇族を指す言葉「竹の園生(たけのそのう)」から名を採った。鹿島酒蔵ツーリズム推進協議会の紹介では、明治後期から昭和初期にかけて、佐賀・長崎に加えて中国の上海にも酒を送っていたという。
和良は町の暮らしにも手を入れた人物だった。蔵元の記録では、この地方で恐れられた熱病「鹿島熱」の原因を水に見て、私財を担保に水源を探させ、2年がかりで西牟田に良い水源を掘り当てた。そこから設立された水道利用組合によって、鹿島に初めて各戸への飲料水の給水が行われている。鹿島消防組を組織して長く組長を務め、町会議員や鹿島商工会の会長にも就いた。
時代が下り、八代目の矢野善紀は昭和62年(1987年)に純米酒造りへの取り組みを始め、平成15年(2003年)に「純米酒宣言」を行って製造の軸を純米酒に置いた。平成30年度(2018年度)からは九代目の矢野元英が社長と杜氏を兼ねている。
7棟の登録と建てられた年代
矢野酒造の7棟は第51回の登録にあたり、登録番号は41-0053から41-0059まで続く。官報での告示は平成18年(2006年)8月24日。登録基準は7棟とも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録有形文化財としての評価は、一棟ずつの意匠よりも、街道沿いに酒造場の構えがそろって残ることに置かれている。
文化庁のデータベースから年代を拾うと、矢野酒造の建物は明治37年(1904年)から昭和初期までのおよそ30年のあいだに建っている。
- 主屋:明治37年(1904年)、木造2階建、建築面積284平方メートル
- 旧精米所:明治37年(1904年)、木造平屋建、建築面積127平方メートル
- 中蔵:明治39年(1906年)、昭和20年代(1945〜1954年)に南端を増築、土蔵造2階建、建築面積389平方メートル
- 東蔵:大正5年(1916年)、土蔵造2階建、建築面積281平方メートル
- 西蔵:大正10年(1921年)、土蔵造2階建、建築面積204平方メートル
- 離れ:大正10年(1921年)頃、木造2階建、建築面積98平方メートル
- 麹室:昭和初期、煉瓦造及び木造平屋建、建築面積81平方メートル
並べてみると、明治の終わりに街道側の主屋と精米所、そしてもっとも大きな仕込蔵である中蔵が建ち、大正年間に東蔵・西蔵と接客用の離れが加わり、昭和に入って麹室ができた、という順序になる。中蔵の年代は和良が家督を継いだ年と重なるが、個々の棟の建設を代替わりや商いの拡大と直接結びつける資料は見当たらない。
矢野酒造の建物群は佐賀県遺産(第2012-1号)にも認定されている。なお、蔵元の旧精米所の紹介では県遺産になった年を平成26年(2014年)としており、認定番号の年とは一致しない。
敷地の配置と外から眺める順序
文化庁の解説文と佐賀県遺産の説明を突き合わせると、矢野酒造の敷地は東の辺で旧長崎街道多良往還に接し、7棟は街道側から西の奥へと順に並んでいる。
街道に面して建つのは主屋と旧精米所である。主屋は東を向いた妻入の構えで、その南に旧精米所が土間を挟んで続く。主屋の西の奥には、渡り廊下でつながる離れがある。
離れのさらに西が蔵の並びになる。敷地のほぼ中央に東蔵、その西に中蔵、西の端に西蔵が建ち、3棟とも棟を南北に通して横に並ぶ。東蔵と中蔵は戸口で行き来でき、西蔵は東の外壁を取り払って中蔵と壁を共有している。麹室は西蔵の南に接している。
外から眺めるなら、まず東の街道に立って主屋と旧精米所の白漆喰の壁を見たい。佐賀県遺産の説明は、もう一つの眺めとして敷地の西側から見る蔵の並びを挙げている。西蔵の鉄板張りの外壁や麹室の煉瓦壁が見えるのはこちら側である。西側への道順は案内されていないので、私有地に踏み込まず、公道から見える範囲にとどめたい。
矢野酒造の見学と行き方
矢野酒造はいまも酒を造っている現役の蔵元で、7棟の多くは製造や貯蔵に使われている。蔵元の会社概要では、見学できるのは隣接する「たつみの蔵」(旧精米所)だけで、直売は可、試飲は事前予約制、大人数には対応していない。一方、鹿島市観光協会と鹿島酒蔵ツーリズム推進協議会は、事前予約で酒蔵見学ができ、12月から3月の仕込み期間は受け付けないと案内している。案内の範囲が少し異なるので、訪ねる前に電話で確かめるのが確実である。
営業時間は蔵元の案内で午前9時から正午までと午後1時から午後5時まで。日曜日が定休日で、土曜日と祝日は不定休、年末年始(12月31日から1月3日)とお盆(8月13日から16日)も休む。問い合わせ先は矢野酒造株式会社、電話0954-63-2008。
鹿島市では毎年3月ごろ、市内の酒蔵を巡る「鹿島酒蔵ツーリズム」が開かれ、矢野酒造も会場の一つになる。佐賀県遺産の説明によれば、観光協会の主催で冬に「酒造り体験」が開かれることもある。
鉄道ではJR長崎本線の肥前鹿島駅で降りる。佐賀県観光連盟と鹿島酒蔵ツーリズム推進協議会は、駅から矢野酒造まで歩いて約5分と案内している。車の場合は店舗の隣に普通車数台分の無料駐車場があるが、大型車は停められない。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005669
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造旧精米所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005671
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造離れ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005670
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造東蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005672
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造中蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005673
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造西蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005674
- 国指定文化財等データベース(文化庁):矢野酒造麹室
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005675
- 佐賀県遺産データベース(佐賀県):第2012-1号 矢野酒造
- https://www.pref.saga.lg.jp/dynamic/isan/info/pub/Detail.aspx?c_id=90&id=131&wd=%E7%9F%A2%E9%87%8E
- 矢野酒造株式会社 公式サイト:矢野酒造について
- https://yanoshuzou.jp/?page_id=861
- 矢野酒造株式会社 公式サイト:会社概要
- https://yanoshuzou.jp/?page_id=180
- 矢野酒造株式会社 公式サイト:五代目 矢野和良
- https://yanoshuzou.jp/?page_id=955
- 矢野酒造株式会社 公式サイト:たつみの蔵
- https://yanoshuzou.jp/?page_id=1113
- 矢野酒造株式会社 公式サイト:銘柄の紹介
- https://yanoshuzou.jp/
- 鹿島酒蔵ツーリズム推進協議会:矢野酒造
- https://sakagura-tourism.com/kura/yano/
- かしまいろ(鹿島市観光協会):矢野酒造
- https://saga-kashima-kankou.com/spot/1126
- あそぼーさが(佐賀県観光連盟):矢野酒造株式会社
- https://www.asobo-saga.jp/spots/detail/5747a5b8-120e-49ea-ac1c-d1e4453c9103
最終更新日: 2026.09.28
基本情報
| 名称 | 矢野酒造 |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県鹿島市大字高津原字一本杉3903-1他 |
| 所有者 | 矢野酒造株式会社 |
| 指定 | 登録有形文化財 7件 |
| 座標 | 33.11305, 130.09337 |