建築面積20平方メートルの土蔵

回漕問屋吉野屋土蔵は、埼玉県ふじみ野市福岡の新河岸川沿いに建つ明治中期の土蔵で、平成10年(1998年)9月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建築面積は20平方メートル。土蔵造二階建、瓦葺。文化庁の解説文も「二階建の小規模な土蔵」と率直に書いている。規模だけを見れば、乗用車一台分の車庫と大差ない。

土蔵造は木造の軸組を土壁で厚く包む工法で、荒壁から中塗り、上塗りへと何層も塗り重ねて仕上げる。乾燥を待ちながら進めるため工期は長い。それでも商家がこの工法を選んだのは、防火性と、湿度に対するある程度の安定性のためである。米や肥料、瀬戸物が舟と荷車のあいだを行き来する河岸において、燃えない箱は装飾ではなく営業の基幹設備であった。

土蔵が建つのは吉野屋の旧屋敷地である。文化庁の記録によれば、吉野屋は安永2年(1773年)に船問屋となり、回漕業を営んで栄えた家であった。江戸と武蔵野内陸を結ぶ荷を扱った屋敷のうち、現在まで残ったのがこの一棟ということになる。

失われたものの側から見る価値

この建物の意味は、周囲から消えたものを勘定に入れて初めて立ち上がる。

新河岸川は、江戸時代中期から昭和初期にかけて川越と江戸浅草花川戸を結んだ舟運の水路で、沿岸には約20か所の河岸場が置かれた。福岡河岸はそのひとつである。就航した船は全長15メートル前後。下り荷は大麦、小麦、大豆、小豆、木材、薪といった産物、上り荷は肥料、酒、油、砂糖、塩、乾物、瀬戸物が中心であった。福岡河岸には吉野屋、江戸屋、福田屋の三軒の船問屋が仲買を兼ねて営業していた。

そこへ鉄道が来る。明治28年(1895年)に国分寺と川越を結ぶ川越鉄道が開通すると、福岡河岸の船問屋は回漕業を縮小し、肥料や酒、荒物の小売へと軸足を移していく。大正3年(1914年)には池袋と川越を結ぶ東上鉄道が開通した。明治43年の大水害を契機に大正10年から新河岸川の改修工事が始まり、昭和6年(1931年)の通船停止令によって舟運の時代は事実上終わる。

三軒のうち最後まで踏みとどまったのが吉野屋であった。ふじみ野市の記録は、鉄道開通後に吉野屋以外の船問屋が回漕業を縮小したこと、そして吉野屋だけが大正末年まで船問屋として営業を続けたことを記している。この土蔵は、河岸から最後に手を引いた家の蔵である。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説文は、近辺で往時の建物が少なくなってきていることを挙げ、舟運で栄えた河岸の様子を伝える建物として貴重だと評価する。登録番号は11-0006、第13回登録、告示は同年9月25日。種別は「産業3次」で、住宅ではなく商業施設としての登録である。

ここで制度の区別を確認しておきたい。国宝・重要文化財が国による「指定」で現状変更に許可を要するのに対し、登録有形文化財は平成8年(1996年)創設の緩やかな制度で、築後およそ50年を経た建造物を対象とし、外観を大きく変える際の届出を求めるにとどまる。管理する組織を持たない個人所有の小規模な蔵にとって、この軽さが保存と取り壊しの分岐点になることは少なくない。

見学の実際と、隣に建つもの

吉野屋土蔵は個人所有で、一般公開されていない。拝観時間も入館料も設定はなく、内部には立ち入れない。できるのは外観の見学である。その点、条件は悪くない。隣接地がふじみ野市立福岡河岸記念館の駐車場(普通車5台分)になっており、道路側からも蔵の姿を確認できる。

その記念館こそが、この地を訪ねる主目的になる。保存されているのは三軒のうちの福田屋の建物群で、昭和62年(1987年)に子孫から市へ寄付され、平成元年(1988年)11月2日に市指定文化財となり、平成8年(1996年)11月3日に記念館として開館した。平成23年(2011年)3月14日には埼玉県の景観重要建造物第1号に指定されている。館内では主屋と台所棟が明治時代中頃の船問屋の姿に再現され、文庫蔵の展示室は舟運と問屋の暮らし、そして衆議院議員を務めた十代目当主星野仙蔵の事績を扱う。

記念館の所在地は福岡3-4-2、土蔵は3-4-12。開館時間は5月から9月が10時から16時30分、10月から4月が10時から16時で、閉館20分前までの入館が推奨されている。休館日は月曜日(祝日と重なる場合も休館)と12月27日から1月4日まで。入館料は大人100円、小中高校生50円。明治期建築の「迎賓館」にあたる福田屋離れの2階・3階は通常非公開で、告知される特別公開日にのみ見学できる。

アクセスは東武東上線上福岡駅から徒歩約20分。西武バス古01系統の「城北埼玉中学・高等学校」バス停からなら徒歩3分である。

撮影は道路上か記念館駐車場から行い、私有地には立ち入らないこと。記念館と土蔵を続けて見れば、一軒の問屋建築が保存・解説され、もう一軒の蔵が一棟だけ静かに残るという、この河岸の現在が一度に把握できる。

Q&A

Q回漕問屋吉野屋土蔵は見学できますか。
A個人所有のため一般公開されておらず、内部には入れません。公開時間や入館料の設定もありません。外観のみ、道路上または隣接する福岡河岸記念館の駐車場から見学できます。
Q回漕問屋吉野屋土蔵へのアクセスを教えてください。
A所在地は埼玉県ふじみ野市福岡3-4-12で、東武東上線上福岡駅から徒歩約20分です。西武バス古01系統「城北埼玉中学・高等学校」バス停からは徒歩3分。駐車場は隣接する福岡河岸記念館のものが利用できます。
Q回漕問屋吉野屋とはどのような家でしたか。
A新河岸川の福岡河岸で回漕業(河川輸送の取次と仲買)を営んだ船問屋です。安永2年(1773年)に船問屋となり、明治28年の川越鉄道開通後も回漕業を続け、三軒あった河岸の問屋のうち唯一、大正末年まで営業しました。
Q回漕問屋吉野屋土蔵の周辺に見学できる施設はありますか。
A隣接して、同じ福岡河岸の船問屋・福田屋の建物を保存公開するふじみ野市立福岡河岸記念館があります。開館は5月から9月が10時から16時30分、10月から4月が10時から16時。月曜と年末年始は休館。入館料は大人100円、小中高校生50円です。
Q回漕問屋吉野屋土蔵は重要文化財ですか。
Aいいえ、登録有形文化財(建造物)です。登録番号は11-0006。国宝・重要文化財の「指定」が現状変更に国の許可を要するのに対し、登録は外観を大きく変える際の届出を求める緩やかな制度で、両者は別の枠組みです。

基本情報

名称回漕問屋吉野屋土蔵(かいそうどんやよしのやどぞう)
所在地埼玉県ふじみ野市福岡3-4-12
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 11-0006(第13回登録)
指定年平成10年(1998年)9月2日登録/同年9月25日告示
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積20㎡
所有者個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。内部見学不可。外観のみ道路上または隣接の福岡河岸記念館駐車場から見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 回漕問屋吉野屋土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000757
ふじみ野市 — 福岡河岸記念館トップページ
https://www.city.fujimino.saitama.jp/soshikiichiran/kamifukuokarekishiminzokushiryokan/kanrigakari/2579.html
ふじみ野市 — 福岡河岸記念館の開館まで
https://www.city.fujimino.saitama.jp/soshikiichiran/kamifukuokarekishiminzokushiryokan/kanrigakari/1964.html
ふじみ野市 — 福岡河岸記念館へのアクセス
https://www.city.fujimino.saitama.jp/soshikiichiran/kamifukuokarekishiminzokushiryokan/kanrigakari/1963.html

最終更新日: 2026.08.09