寺を失った塔
五重塔(ごじゅうのとう)は、滋賀県近江八幡市安養寺町にある鎌倉前期・寛元4年(1246年)造立の石造五重塔で、昭和29年(1954年)3月20日に国の重要文化財に指定された。
所在地は国道477号の屈曲部である。上野町の高台の集落を抜けた道が南東へ折れる、そのちょうど内側。高台の裾にあたる法面から、高さ4.18メートルの花崗岩の塔がまっすぐ立ち上がっている。門も堂宇もなく、管理する僧もいない。車の流れる路肩から数歩の距離に、それだけがある。
塔が本来属していた寺は失われた。南東約700メートルの地にあったとされる天台宗寺院・安養寺は、元亀2年(1571年)の織田信長の兵火で焼けたと伝わる。近隣の上野町・荘厳寺(浄土宗)が所蔵する重要文化財の仏像3体も、同じく安養寺の遺品と考えられている。堂舎が消え、仏像が移り、塔だけが動かなかった。
所有者の欄が、この塔の来歴を端的に示している。所有は寺でも個人でもなく、安養寺町。失われた寺の名を引き継いだ集落そのものが、国指定の建造物を保持している。
指定の理由 ― 年号を持つということ
近江は石造遺品の密度において全国でも突出した土地である。周囲の山地から良質の花崗岩が得られ、それを刻む石工の層が厚く、しかも寺院が濃密に分布していた。12世紀から14世紀にかけて、この地には石造の宝篋印塔、五輪塔、層塔が夥しく造立された。
ただし、その大半は無銘である。
この塔には銘がある。初重軸石の南面に、寛元4年の紀年が刻まれている。
石造層塔の編年は、基礎の輪郭の取り方、格狭間の曲線、笠石の厚みと軒反りといった形式的指標の比較によって組み立てられる。だが比較には基準点が要る。13世紀前半の紀年銘資料は決して多くなく、この塔はその数少ない定点のひとつとして機能してきた。文化庁の登録は「石造五重塔」の一語で、員数1基、鎌倉前期、指定番号01271と記すのみだが、その簡潔さの背後にあるのは編年上の位置づけである。
指定の告示日は、守山市の最明寺五重塔と同一である。指定番号も01270と01271で連続する。南西へ約20キロ隔たった二基が、鎌倉期近江の石造塔を代表する作例として同時に評価されたことになる。ただし両者は別個の物件であり、混同されやすい。安養寺町のものは路傍に無住で立ち、最明寺のものは現役の寺院境内にある。
見どころ
まず足元から見る。
基礎は細い輪郭で枠取りされ、その内側いっぱいに格狭間が配される。左右の差し渡しは約82センチ。輪郭の幅は束部で5センチあまりと極端に細く、格狭間が枠を押し広げているかのような緊張が生じている。花頭曲線は中央を広く取り、左右の弧を隅へ寄せる。格狭間の内には三茎蓮のレリーフ。中央に未開敷蓮華とみられる蕾を置き、その左右に蓮葉の側面観を三角形状に対称配置する。彫りは大ぶりで、迷いがない。確認できる各面がほぼ同一の意匠を持つ。
初重軸石は、幅に対して高さが勝る。各面に蓮華座を薄肉で彫り出し、その上を舟形に彫り沈めて、内に仏坐像を厚肉彫りする。いわゆる四方仏の構成である。注目すべきは彫りの深さで、肩と膝が輪郭ではなく量塊として読める。石造塔の彫像は時代が下るほど平板化する傾向があるから、この立体感は年代の若さと工人の技量の双方を示している。
そして頂部を見上げ、欠けているものを確認する。相輪は請花と伏鉢、および九輪の最下段部を失っている。滋賀県文化財保護協会の解説も現地説明板もこの欠損に触れている。一方、文化庁データベースの「構造及び形式等」欄は単に「石造五重塔」と記すのみで、欠損に言及しない。同じ日に指定された最明寺五重塔の欄が「(相輪上部を欠く)」と明記するのと対照的である。訪問者は、頂の詰まった姿を前提として臨むことになる。
五重の笠石も見過ごせない。軒反りは緩く、勾配も強くなく、石は厚い。木造塔が上へ向かって細り軽くなるのとは逆に、この塔は積み上がるほどに重心を下げていく。午後の低い光が当たると、各重の軒下に生じる影が段々に重なり、写真では捉えにくい量感が現れる。
拝観料も予約も不要である。塔は常時開放された路傍にあり、手を触れられる距離まで近づける。注意点が二つある。国道477号は交通量があり路肩が狭いので、横断時は彫刻ではなく車を見ること。そして現地に駐車場はない。JR琵琶湖線・篠原駅が約400メートル、徒歩5分ほどの位置にあり、車で訪れる場合は駅前の時間貸駐車場を利用するのが現実的である。
Q&A
- 近江八幡市安養寺町の五重塔は見学できますか。拝観時間や拝観料は?
- 見学できます。国道477号沿いの開かれた場所に立ち、柵も門も管理者もありません。拝観時間の設定はなく、拝観料も予約も不要です。ただし照明がなく路肩も狭いため、日中の訪問をおすすめします。
- 安養寺町の五重塔へは最寄り駅からどう行きますか。
- 最寄りはJR琵琶湖線・篠原駅で、塔まで約400メートル、徒歩5分ほどです。上野町の高台下で国道477号が南東へ屈曲する地点、その道路南側に立っています。現地に駐車場はないため、車の場合は篠原駅前の時間貸駐車場を利用してください。
- 安養寺町の五重塔は撮影できますか。
- 撮影に制限はありません。屋外にあり、カメラや三脚を禁じる掲示もありません。ただし車道に出ての撮影は避けてください。また基礎の格狭間はこの塔で最も重要な彫刻面ですので、乗ったり踏んだりしないようご注意ください。
- 安養寺町の五重塔の造立年はいつで、なぜ特定できるのですか。
- 寛元4年(1246年)です。初重軸石の南面に寛元4年の紀年銘が刻まれており、造立年が確定します。13世紀前半の紀年銘を持つ石造層塔は多くないため、この銘文は編年研究上の基準点として扱われてきました。
- 安養寺町の五重塔と守山市の最明寺五重塔は同じものですか。
- 別の物件です。約20キロ離れた二基で、いずれも昭和29年3月20日指定、指定番号は01270(最明寺)と01271(安養寺町)と連続します。安養寺町のものは寛元4年銘を持ち路傍に単独で立ち、最明寺のものは鎌倉後期に位置づけられ寺院境内にあります。安養寺町の塔は「五重塔」という一般名で登録されているため、検索上とくに混同されやすい点にご注意ください。
基本データ
| 名称 | 五重塔(ごじゅうのとう)/安養寺町石造五重塔 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県近江八幡市安養寺町 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01271 |
| 指定年 | 昭和29年(1954年)3月20日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 現状高 約4.18メートル/花崗岩製 |
| 所有者 | 安養寺町 |
| 公開状況 | 常時公開・無料・予約不要/現地駐車場なし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 五重塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1410
- 滋賀県文化財保護協会 — 新近江名所圖会 第141回 石の国・近江
- https://www.shiga-bunkazai.jp/shigabun-shinbun/best-place-in-shiga/新近江名所圖会 第141回/
- 滋賀県文化財保護協会 — 公式サイト
- https://www.shiga-bunkazai.jp/
最終更新日: 2026.08.11