国宝の隣に立つ、応永34年の小さな本殿

滋賀県野洲市大篠原。大笹原神社の本殿に向かって左に、ひとまわり小ぶりな社殿が並んで立っている。これが大笹原神社の境内社、篠原神社の本殿である。屋根裏には応永34年(1427年)の墨書銘が残り、建立の年がはっきりとわかる。隣の大笹原神社本殿は国宝、その傍らに立つこの一棟は重要文化財という、二つの格を持つ社殿が同じ静かな境内で向き合っている。

祭神は石凝姥命。天の岩戸の神話で、天照大神を岩戸から導き出すために用いた鏡を鋳た神とされ、鏡作りの祖神として伝えられてきた。この祭神が、社のもうひとつの呼び名と深く結びついている。

「餅の宮」と呼ばれる理由

土地の人はこの社を「餅の宮」と呼ぶ。あたりは粘りの強い篠原糯という稲が育つ土地で、正月に供える鏡餅の発祥の地のひとつとして語り継がれてきた。鏡餅の名は、平たく丸いその形が古代の青銅鏡を思わせることに由来する。鏡を鋳た神を祀る社が、丸い餅で名高い米どころに立っている。この符合を、村は大切にしてきた。

篠原は古くから静かな田園であっただけではない。東山道、のちの中山道へとつながる街道の宿駅として機能し、ここで作られた餅は旅人が持ち運べる保存食として買い求められた。街道の往来が絶えたのちも、その評判は残った。

重要文化財に指定された理由

本殿が指定を受けたのは昭和6年(1931年)1月19日。構造は一間社隅木入春日造、檜皮葺と記録される。いずれの語も、現地で実際に目にできるものを言い表している。春日造は奈良の春日大社に名の由来を持つ小規模な社殿形式で、高い台の上に一室を置き、急な切妻屋根が前方へ反りながら短い向拝を覆う。一間社とは正面の柱間が一間であること、つまり建物がほんとうに小さいことを示す。隅木入は軒の隅に斜めの隅木を入れた手法で、簡素な春日造をひとつ丁寧な造りへと引き上げている。

年代の確かさを支えるのが棟札である。建立時に記された木札で、応永34年の銘を持つこの棟札は、附(つけたり)として指定に含められている。これほど小さな建物に建立年を示す文書が残るのは珍しく、それが国の指定につながった理由のひとつでもある。建立年を応永32年(1425年)とする資料もあるが、屋根裏に伝わる墨書銘があるために、文化庁の国指定文化財等データベースをはじめ多くの資料は1427年を採る。

見どころ

二棟を並べて読むとよい。隣の国宝、大笹原神社本殿は応永21年(1414年)、近くの岩倉城主・馬淵定信によって再建されたもので、篠原神社本殿のわずか十数年前にあたる。三間社の入母屋造で、欄間や脇障子、組物まわりに密度の高い彫刻をめぐらせた華やかな社殿である。その傍らに小さな春日造を置くと、対比こそが見どころになる。一方は中世末の社殿彫刻が極まった姿を見せ、もう一方は同じ時代がより古く控えめな形式で、小さな規模に向き合った姿を見せる。

屋根の線にも目を留めたい。檜皮葺は薄い檜皮を幾重にも重ねて葺くため、瓦とはまるで違う柔らかな縁を見せる。春日造の妻側が前へ反る曲線は、正面からよりも斜めから眺めるとよくわかる。

実用的な点をひとつ。この社への参拝は通常、少し手前に立つ拝殿から行う。そのため本殿の細かな彫りは、間近ではなく少し距離を置いて眺めることになる。落ち着いて、できれば望遠の利く道具を携えて訪ねたい。

境内とまわりの見どころ

境内には二棟の社殿のほかにも見るものがある。拝殿の右手には寄倍の池がある。土地では底なしと語られるほど深い池で、水不足の折に神輿を二基沈めて祈願したところ、以来どれほどの日照りでも涸れなくなったという言い伝えが残る。話の真偽はともかく、暗く静かな水面が境内の空気をつくっている。

本殿が国宝であることから、社には数年前に自動放水式の防火設備が設けられた。木造の社殿がどれほど大切に守られているかを思わせる。

社は鏡山の北西麓、田に囲まれた地に鎮座する。バス停からの道は田んぼのあいだを抜けてゆき、まわりの木々が色づく秋はとりわけ気持ちがよい。拝観のための門も料金もない。管理された観光施設ではなく、地域に生きる神社であるから、声を控え、社殿のまわりの注連縄や柵には触れずに参拝したい。

Q&A

Q篠原神社本殿はいつ建てられたのですか。
A屋根裏の墨書銘により、応永34年(1427年)、室町時代中期の建立とされます。応永32年(1425年)とする資料もありますが、現地に残る年号入りの棟札があるため、多くの資料は1427年を採っています。
Qなぜ「餅の宮」と呼ばれるのですか。
A大篠原一帯は餅に向く糯米の産地で、丸い鏡餅の発祥の地のひとつと伝わります。鏡餅は古代の青銅鏡に似た形からその名がつき、祭神の石凝姥命は神話で鏡を鋳た神とされるため、別称によく合っています。
Q隣の国宝・大笹原神社本殿と同じものですか。
A別の建物です。並んで立っていますが、応永21年(1414年)再建の大笹原神社本殿が国宝、その隣の小さな篠原神社本殿が重要文化財です。
Qアクセスは。
AJR琵琶湖線の野洲駅から近江鉄道バスまたは野洲市コミュニティバス(篠原コース)に乗り、大篠原停留所で下車して徒歩約15分です。車の場合は国道8号の大篠原交差点で曲がり、参道脇に駐車場があります。
Q社殿の中に入れますか。彫刻を間近で見られますか。
A社殿の内部には入れません。参拝は手前の拝殿から行うため、建物と彫刻は少し距離を置いて拝見します。境内は自由に歩け、拝観料はかかりません。

基本データ

名称大笹原神社境内社篠原神社本殿(おおささはらじんじゃけいだいしゃしのはらじんじゃほんでん)
所在地滋賀県野洲市大篠原2375
祭神石凝姥命
指定区分重要文化財(建造物)/昭和6年(1931年)1月19日指定/附・棟札1枚
年代応永34年(1427年)、室町時代中期
構造一間社隅木入春日造、檜皮葺
員数1棟
所有者大笹原神社
アクセスJR野洲駅からバスで大篠原停留所下車、徒歩約15分
公開境内自由・無料/社殿は拝殿から拝観、内部非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1445
野洲市の指定文化財(野洲市公式サイト)
https://www.city.yasu.lg.jp/soshiki/rekishiminzoku/bunkazai/1450766178742.html
地域紹介・大笹原神社(野洲市公式サイト)
https://www.city.yasu.lg.jp/school/shinohara/shoukai/1464154206656.html
大笹原神社(全国観光資源台帳・日本交通公社)
https://tabi.jtb.or.jp/res/250005-

最終更新日: 2026.06.03