旧北村医院(李軒邸)土蔵とは

旧北村医院(李軒邸)土蔵は、滋賀県長浜市鳥羽上町にある江戸後期(1751年から1830年)建築の土蔵で、令和3年(2021年)10月14日に登録有形文化財となった。土蔵造2階建、切妻造の桟瓦葺で、建築面積は26平方メートル。通りに面した敷地の北西の隅に建ち、主屋の縁と接続している。

旧北村医院の10件のなかで、建築年代が最も古いとされる建物である。

登録の理由と価値

旧北村医院(李軒邸)土蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、医師宅にふさわしい格式を備えた土蔵と評価し、答申の解説も、置屋根の梁先に施した絵様繰形を挙げて医師宅の格式を示すとしている。

建築年代の幅は、文政10年(1827年)の主屋と重なるか、それより前にさかのぼる。医院としての建物が整う以前から、北村家の財を納めてきた蔵であり、屋敷の歴史の起点に近い一棟といえる。

見どころ

置屋根と梁先の絵様繰形

旧北村医院(李軒邸)土蔵の屋根は置屋根で、土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ屋根を載せる形式をとる。火災のときに屋根だけが落ちても蔵本体が守られるよう考えられた造りである。その屋根を受ける梁の先端に、渦や若葉の文様を彫る絵様繰形が施されている。蔵の実用本位の外観のなかで、ここだけが装飾の見せ場になっている。

漆喰の壁と竪板張の腰

外壁は漆喰仕上で、1階を竪板張とする。1階の北面には、板葺の小さな庇を付けた窓を設ける。土の壁に開いた窓を、庇で雨から守る構成である。

観音開きの鋼製扉

正面の扉は、左右に開く観音開きの鋼製扉である。江戸後期の土蔵に鋼製の扉が付くことから、後の時代に扉を取り替えたと考えられるが、その時期は文化庁の解説には記されていない。

見学について

旧北村医院(李軒邸)土蔵は通りに面した北西の隅に建つため、10件のなかでは外から目に入りやすい位置にあるとみられる。ただし2026年9月27日の時点で公開の案内はなく、内部には入れない。文化庁のデータベースには西面の外観と、南から見た内部の写真が載る。見るときは道路から、通行の妨げにならないようにしてほしい。

Q&A

Q旧北村医院(李軒邸)土蔵はいつ建てられましたか?
A江戸後期(1751年から1830年)とされ、旧北村医院の10件のなかで最も古い時期に属します。
Q旧北村医院(李軒邸)土蔵はどこに建っていますか?
A通りに面した敷地の北西の隅にあり、主屋の縁と接続しています。
Q旧北村医院(李軒邸)土蔵の装飾の見どころは何ですか?
A置屋根を受ける梁の先端に施された絵様繰形です。答申の解説もこの装飾を挙げて、医師宅の格式を示すとしています。
Q旧北村医院(李軒邸)土蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として令和3年(2021年)10月14日に登録されました。医師宅にふさわしい格式を備えた土蔵と評価されています。
Q旧北村医院(李軒邸)土蔵は見学できますか?
A2026年9月27日時点で公開の案内はなく、内部には入れません。通りに面して建つため、道路から外観の一部が見える可能性があります。

基本情報

名称旧北村医院(李軒邸)土蔵
所在地滋賀県長浜市鳥羽上町761
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積26平方メートル
所有者非公表
公開状況非公開(公開の案内なし。2026年9月27日確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁): 旧北村医院(李軒邸)土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014035
文化庁: 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について(令和3年7月16日)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93246101_01.pdf

最終更新日: 2026.09.26