旧北村医院(李軒邸)表門とは

旧北村医院(李軒邸)表門は、滋賀県長浜市鳥羽上町にある元治2年(1865年)建築の薬医門で、令和3年(2021年)10月14日に登録有形文化財となった。木造、切妻造の桟瓦葺で、間口は2.6メートル。敷地の南側にあって、西隣の離れ座敷(待合棟)に接して建つ。旧北村医院の正面の門である。

両脇に袖塀を設け、西側に潜戸を付ける。

登録の理由と価値

旧北村医院(李軒邸)表門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、医師宅の表構えにふさわしい格式を備えた門と評価している。

建築は幕末の元治2年で、文政10年(1827年)の主屋からおよそ40年後にあたる。大正後期に隣の離れ座敷が待合に改められてからは、患者が最初にくぐる門にもなった。旧北村医院(李軒邸)表門は、屋敷の格式を示す門と、医院の入口という二つの役を兼ねてきた。

見どころ

奥行きの深い薬医門

薬医門は、門の扉を支える本柱と、その後ろの控柱の上に一つの切妻屋根を架ける形式である。旧北村医院(李軒邸)表門は、桁行、つまり門の正面の幅に比べて、梁間すなわち前後の奥行きが大きい。間口2.6メートルに対して屋根が前後に深く張り出し、正面から見ると屋根の量感が際立つ。

板唐戸と八双金具

扉は板唐戸で、八双金具などの飾り金具を付ける。板唐戸は厚い板を縦に矧ぎ合わせ、上下の端を端喰(はしばみ)で押さえた扉で、寺社や格式の高い門に用いられてきた。八双金具は扉の表に打つ細長い飾り金具で、扉の板を補強する役目も持つ。

梁の木鼻と袖壁

梁の先端の木鼻には繰形を刻む。両脇の袖壁は土壁で、腰を竪板張とする。木鼻の曲線と、土壁・板張の素朴な組み合わせとの対比も、この門の見どころである。

見学について

旧北村医院(李軒邸)表門は敷地の南面に建つ正門で、2026年9月27日の時点で一般公開の案内は見つからなかった。門は個人の屋敷の入口なので、扉や潜戸を開けたり、門内に入ったりしないでほしい。文化庁のデータベースの写真は南面の外観と、西から見た小屋組の2点で、南側から門の正面を撮影している。

Q&A

Q旧北村医院(李軒邸)表門はいつ建てられましたか?
A元治2年(1865年)です。主屋より約40年新しく、隣の離れ座敷(1868年)より3年古い建物です。
Q旧北村医院(李軒邸)表門はどのような形式の門ですか?
A薬医門で、切妻造・桟瓦葺です。間口は2.6メートルで、正面の幅に比べて前後の奥行きが大きいのが特徴です。
Q旧北村医院(李軒邸)表門の扉にはどんな特徴がありますか?
A扉は板唐戸で、八双金具などの飾り金具が付いています。西側には潜戸があります。
Q旧北村医院(李軒邸)表門はなぜ登録有形文化財なのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として令和3年(2021年)10月14日に登録されました。医師宅の表構えにふさわしい格式を備える点が評価されています。
Q旧北村医院(李軒邸)表門は見学できますか?
A一般公開の案内は2026年9月27日時点でありませんでした。個人の屋敷の入口ですので、門内には入らないでください。

基本情報

名称旧北村医院(李軒邸)表門
所在地滋賀県長浜市鳥羽上町字辻下761-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、間口2.6メートル
所有者非公表
公開状況非公開(公開の案内なし。2026年9月27日確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁): 旧北村医院(李軒邸)表門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014037
文化庁: 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について(令和3年7月16日)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93246101_01.pdf

最終更新日: 2026.09.26