先代の浮御堂の材で建てた茶室

海門山満月寺茶室(玉鈎亭)は、滋賀県大津市本堅田の満月寺の境内にある昭和12年(1937年)建築の茶室で、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財となった。名は玉鈎亭(ぎょくこうてい)。木造平屋建て、瓦葺き、建築面積24平方メートルの小さな建物である。

この茶室の来歴は浮御堂と切り離せない。昭和9年(1934年)の室戸台風で湖上の浮御堂が倒れたあと、その古材を天井などの一部に使って建てられたのが玉鈎亭である。浮御堂が同じ昭和12年に建て直されたことを考えると、新しい堂と、古い堂の材を受け継いだ茶室が、同じ年に境内にそろったことになる。

玉鈎亭ははじめ客殿の南に建っていたが、昭和63年(1988年)に現在の場所へ移された。

造形の規範として

海門山満月寺茶室(玉鈎亭)は「造形の規範となっているもの」という基準で登録された。文化庁の解説は2つの席の構成と移築の経緯を中心に記しており、性格の違う2席を1棟に組み合わせた形式が評価の軸になっているとみられる。

当初の構成はこうである。7畳で下座床(げざどこ)の席と、4畳で向切(むこうぎり)の炉を切り、枡床(ますどこ)を備えた席の2席があり、その間を水屋がつないでいた。広めの席と小間に近い席を、支度の場で結ぶ組み立てである。

移築のときに水屋は撤去された。いまは2つの席が東西に直接接し、棟をL字形に連ねている。平面は変わったが、性格の異なる2席を1棟にまとめるという構成の骨格は残った。

見どころ

玉鈎亭でいちばん意味を持つのは、目に見えにくい部分である。天井などには先代の浮御堂の材が使われている。台風で失われた堂が、形を変えてこの茶室の中に残っていると思って見ると、小さな建物の印象が変わる。

外から見るなら、L字に折れる屋根の棟に注目したい。2つの席がそれぞれの屋根を持ちながら1棟につながる様子が、棟の折れ方に表れている。かつて水屋のあった部分がなくなった結果として生まれた形でもある。

枡床は、畳と同じ高さに正方形の床を設けた簡素な床の形式である。床の間を一段高く大きく構えるのではなく、限られた広さの中に床を設ける形式である。

見学方法

海門山満月寺茶室(玉鈎亭)の内部公開について、寺や観光協会の案内には記載が見当たらない。茶室は内部の造作に見どころが集まる建物なので、中を見たい場合は事前に寺へ問い合わせるのが確実である。

外観は境内の拝観時間内に、見られる範囲で眺めることができる。境内への行き方と拝観時間・拝観料は海門山満月寺のページにまとめてある。

Q&A

Q海門山満月寺茶室(玉鈎亭)の中は見学できますか?
A海門山満月寺茶室(玉鈎亭)の内部公開について、寺や観光協会の案内には記載が見当たりません。見学を希望する場合は、満月寺へ事前に問い合わせてください。
Q海門山満月寺茶室(玉鈎亭)はいつ建てられましたか?
A昭和12年(1937年)の建築です。昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れた先代の浮御堂の古材を、天井などの一部に使っています。昭和63年(1988年)に客殿の南から現在地へ移されました。
Q海門山満月寺茶室(玉鈎亭)はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「造形の規範となっているもの」の基準で平成12年(2000年)に登録されました。文化庁の解説は、2つの席を組み合わせた構成と移築の経緯を中心に記しています。
Q玉鈎亭にはどんな席がありますか?
A7畳で下座床の席と、4畳で向切の炉と枡床を備えた席の2席があります。もとは水屋でつながっていましたが、移築の際に水屋が撤去され、いまは2席が東西に接しています。
Q玉鈎亭は何と読みますか?
A玉鈎亭は「ぎょくこうてい」と読みます。海門山満月寺の境内にある茶室の名です。

基本情報

名称海門山満月寺茶室(玉鈎亭)
所在地滋賀県大津市本堅田1-16-18
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)4月28日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積24平方メートル
所有者宗教法人満月寺
公開状況内部公開の案内なし

参考文献

海門山満月寺茶室(玉鈎亭)|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001625
浮御堂(満月寺)|びわ湖大津トラベルガイド(公益社団法人びわ湖大津観光協会)
https://otsu.or.jp/thingstodo/spot159
浮御堂(満月寺)|滋賀県観光情報(公益社団法人びわこビジターズビューロー)
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/91/

最終更新日: 2026.09.24