寺の再興を告げた瓦屋寺鐘楼

瓦屋寺の本堂前方、賓頭盧堂の北に建つのが瓦屋寺鐘楼である。方一間、切妻造・桟瓦葺の小さな工作物で、面積は約9.2平方メートル。年代は正保年間(1644〜1647)にさかのぼる。梵鐘を吊ることは17世紀の再興における最初の営みのひとつであり、この鐘楼は瓦屋寺がよみがえった、その始まりの瞬間に近い場所に立つ。

瓦屋寺は箕作山中腹の臨済宗妙心寺派寺院である。寺名は、聖徳太子が摂津四天王寺のためこの地で十万枚を超える瓦を焼かせたという伝承に由来すると伝わる。中世の伽藍は永禄11年(1568)の織田信長の兵火で焼失した。正保2年(1645)以降、香山祖桂が再興に着手し、本堂と鐘楼を建てて梵鐘を吊り、寺の再興を告げた。この鐘楼は、その最初期の造営に属する。

簡素な線に宿る力強さ

鐘楼は平成30年(2018)3月27日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録された(登録番号25-415)。台帳上は建築物ではなく、塔などを収める「その他工作物」に分類される。

その造りは装飾よりも堅牢さを旨とする。礎盤の上に一六面取の角柱を立て、四方に転ばせて据える四方転びとし、揺れに対して軸部を締める。腰貫・飛貫・頭貫で柱を固め、組物はいっさい設けない。唯一の彫りは、化粧棟木を受ける実肘木の絵様にわずかに施される装飾のみである。部材は太く、全体は幅広く据わりのよい構えで、境内の歴史的景観に調和する。

訪ねる際の見どころ

鐘楼は、素朴な木組みがどれほどの個性を担えるかを教えてくれる。四本の柱が外へ開く四方転びに目を留めたい。この傾きは欠陥ではなく意図された補強であり、小さな塔に斜面へ根を張るような構えを与える。表からは見えにくい一六面取の柱の細工、そして組物をほぼ持たない構成は、装飾ではなく確かな木材を信頼した造り手の姿勢を伝える。

本堂と賓頭盧堂の間に立つ鐘楼は、境内を巡る誰もが通り過ぎる位置にある。瓦屋寺が静かに知られる11月中旬の紅葉を背にした姿がよく、朱の樹冠と古びた柱が調和する。座禅・写経は予約で受け付けている。

Q&A

Qこの鐘楼はなぜ寺の歴史にとって重要なのですか。
A梵鐘を吊ることは正保2年(1645)からの再興における最初の営みのひとつで、鐘楼は瓦屋寺の禅寺としての再生の始まりに直結します。
Q四方転びとは何ですか。
A柱を四方へわずかに外傾させて据える技法です。軸部を締め、塔の揺れを抑える効果があります。
Qなぜ「建築物」でなく「工作物」なのですか。
A台帳では、屋根で囲われた部屋ではなく塔などを収める「その他工作物」の区分に該当するためです。
Q鐘楼はどのくらい古いですか。
A正保年間(1644〜1647)の建立で、寺の登録建造物のなかでも最も古い部類に入ります。
Q鐘を撞くことはできますか。
A撞けるかどうかは行事や寺の規定によります。自己判断せず、寺務所へお尋ねください。

基本データ

名称瓦屋寺鐘楼
所在地滋賀県東近江市建部瓦屋寺町436
指定区分登録有形文化財(平成30年3月27日登録/登録番号25-415)
年代正保年間(1644〜1647)
構造1棟 木造、瓦葺、方一間・切妻造、面積約9.2㎡
所有者宗教法人瓦屋寺
交通近江鉄道八日市駅から車で約15分

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース 瓦屋寺鐘楼
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012177
東近江市観光Web — 瓦屋禅寺
https://www.higashiomi.net/media/miru/kawarayazenji
ウィキペディア — 瓦屋寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/瓦屋寺

最終更新日: 2026.07.05