松江城天守、中国地方ただ一つの現存天守
島根県松江市殿町、市街地のほぼ中央に盛り上がる亀田山に、四重五階の天守がそびえる。慶長十六年(1611)に堀尾氏が完成させた建物で、慶長期の姿を今に残す中国地方唯一の現存天守である。平成二十七年(2015)七月八日、再発見された祈祷札を決め手として国宝に指定され、姫路・彦根・松本・犬山と並ぶ国宝五城の一つに加わった。
城域そのものにも独自の指定がある。本丸・二之丸・三之丸の構えと石垣・堀を比較的よく残す松江城跡は、昭和九年(1934)五月一日に国の史跡に指定され、その後、平成三年・平成二十五年・平成二十六年と三度にわたって追加指定を受けてきた。来訪者はその二つの指定 ― 国宝建築と史跡 ― を、一続きの斜面と階段を辿るかたちで体験することになる。
関ヶ原のあとに築かれた湖辺の城
松江城のはじまりは関ヶ原合戦の戦後処理にある。慶長五年(1600)の戦功により、堀尾忠氏は出雲・隠岐二か国二十四万石を与えられ、当初は安来の月山富田城に入った。富田城は中世以来の山城で、近世大名の領国経営や城下町の整備には適さない。そのため幕府に城地移転を願い出て許可を得た。
新たな城地に選ばれたのは、宍道湖と中海をつなぐ水運の要衝、亀田山の麓であった。築城は慶長十二年(1607)に着手される。城地選定の途中で忠氏が早世したため、幼い忠晴の後見人として祖父・堀尾吉晴が築城の指揮を執った。慶長十六年正月には天守が立ち上がり、吉晴自身はその年の六月、城のほぼ完成を見届けて世を去った。
下層の部材には新材ばかりが用いられたわけではない。月山富田城から運ばれてきたと考えられる古材が転用されており、堀尾家の家紋・分銅紋に「富」の字を刻んだ部材は、現在も天守内に残る。家の旧拠点をそのまま新城に組み込んだ形であり、近世初頭の築城がいかに資源の制約のもとで進められたかを示している。
祈祷札が呼び戻した国宝指定
松江城天守は、旧国宝保存法のもとで一度国宝に指定されていた。昭和十年(1935)五月十三日のことである。ところが昭和二十五年(1950)の文化財保護法施行に伴って指定基準が改められた際、創建時期を一次資料で示しきれず、重要文化財へと格下げされた。再国宝化は地元の悲願となった。
転機は二〇一二年(平成二十四年)五月にもたらされた。松江市史料編纂室による調査で、近接する松江神社から「慶長拾六年」と記された祈祷札二枚が発見されたのである。釘穴の位置を天守地階の柱と照合した結果、二本の通し柱に打ち付けられていたことが確定。慶長十六年正月、天守竣工の鎮宅祈祷の折に奉納されたものと判明した。この発見と築造年の確定を受け、平成二十七年(2015)七月八日、松江城天守は六十三年ぶりに城郭建築として国宝に再指定された。鎮宅祈祷札四枚と鎮め物三点も附(つけたり)として国宝に指定されている。
通し柱、包板、地階の井戸
外観は四重、内部五階に地下一階、屋根は本瓦葺。南面には玄関となる一重の附櫓が取りつき、天守へはこの附櫓から入る形式である。最上階に望楼を載せる「望楼型」と呼ばれる古い天守形式で、桃山期の遺風を残す。
構造の独自性は、内部に入って初めて見えてくる。地階から最上階まで一本で通す心柱は採らず、二階分の長さの通し柱を多用し、それらを階層ごとに互い違いに配することで上階の荷重を支える設計が選ばれた。昭和の修理時の調査では総数三〇八本の柱が確認されており、地階から二階のあいだだけで通し柱は三十八本に及ぶ。関ヶ原直後の築城ラッシュで姫路城のような長大な良材は手に入りにくく、短材を組み合わせて高層化を実現する工夫が選ばれたとみるのが定説である。
多くの柱には、板を巻きつけて鎹(かすがい)や帯鉄で締め上げた「包板」と呼ばれる補強が施されている。十分な太さの柱材が確保できなかった部材を、板で巻き、金物で締め直して耐力を補ったもので、現存天守でこの構法を残すのは松江城天守だけである。一方、祈祷札が打ち付けられていた地階から一階を貫く東西二本の通し柱は、天守内最大の柱でありながら包板を持たない。軸組のなかで最も重要な柱として、補強を必要としないだけの太さを与えられていたとみられる。
地階の中央には井戸が穿たれている。城郭建築のなかで天守内に井戸を残す例は、ほかに名古屋城や浜松城があったが、いずれも失われた。残るのは松江城のみで、もとは深さ約二十四メートル、籠城に備えた設えであることがうかがえる。
天狗の間まで登る
見学は附櫓から入り、井戸のある地階を抜けて、急な木製階段を一段ずつ上がっていく。階を上がるにつれ床面積は絞られ、柱の太さも変わる。下層には祈祷札のレプリカや、月山富田城から運ばれた古材、出土品などの解説展示が並ぶ。窓には鉄砲を横に振って撃てるよう菱形に格子を組んだ「武者窓」が見られ、壁面には石落としや狭間(さま)も穿たれている。実戦本位の質実な造作と、見上げる屋根組の妙とが同居している。
最上階は「天狗の間」と呼ばれる望楼で、四方が抜けて手すりがめぐる。地上から約三十メートル、亀田山の標高を加えれば海抜六十メートルほどの高さで、松江の街並み、宍道湖の広がり、南に連なる中国山地までを一望できる。宍道湖に沈む夕日は古くから知られた景で、西窓のあいだから赤い湖面を望む時間帯は、訪問の計画に組み込む価値がある。
城山公園と城下町
天守の登閣だけなら三十分から一時間ほどだが、城域には見るべき場所が多い。本丸・二之丸を含む一帯は城山公園として整備されており、二之丸には明治三十六年(1903)に皇太子(のちの大正天皇)の御宿所として建てられた洋館「興雲閣」が建つ。装飾を凝らした白い壁面と城の黒い天守との取り合わせは、城跡のなかでも独特の景観をつくる。本丸石垣はごぼう積み・野面積みと呼ばれる工法で組まれており、四百年を経た今もほとんど崩れを見せていない。
城を取り囲む堀は築城時のままで、屋根付きの小舟が約五十分かけて一周する「堀川めぐり」が運航している。航路には十七の橋がかかり、うち四つは橋桁が低いため船の屋根を下げて通過する。北側の塩見縄手には武家屋敷と土塀の景観が残り、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)旧居と記念館もすぐ近くにある。城のなかと外をひと続きに歩ける、数少ない近世城下町である。
Q&A
- いつ訪れるのがおすすめですか。
- 三月下旬から四月上旬は桜の見頃で、城山公園は日本さくら名所百選にも選ばれています。十月下旬から十一月中旬は紅葉、冬の朝には黒い下見板に雪が積もって独特の表情を見せます。天守は年中無休で開いていますが、催事日は時間が変わることがあります。
- 「千鳥城」という別名はどこから来ているのですか。
- 古い絵図によれば、二重目の屋根に千鳥破風が付いていた時期があり、その姿から千鳥城と呼ばれたとされます。十八世紀の大改修で破風は取り外されましたが、昭和の解体修理の際、二階の柱に破風を支えていた痕跡が確認されています。
- 松江駅からのアクセスはどうなりますか。
- JR松江駅北口から松江市営の周遊バス「ぐるっと松江レイクライン」に乗り、「国宝松江城・県庁前」で下車します。所要は約十分です。下車後は大手前から城内へ入ります。タクシーでも同程度の時間でアクセスできます。
- 天守内の階段は急と聞きますが、足腰に不安があっても上れますか。
- 天守は江戸時代以来の木造階段で、勾配がきつく、エレベーターはありません。上層への登閣は無理をしないことをおすすめします。城内の園路は概ね平坦で歩きやすく、ぶらっと松江観光案内所と興雲閣で車椅子の貸し出しも行われています。
- どのくらい時間を確保すべきですか。
- 天守の登閣だけなら一時間程度を見ておけば余裕があります。城山公園、興雲閣、塩見縄手の武家屋敷、堀川遊覧船を含めて回るなら半日、小泉八雲記念館や松江歴史館まで足を伸ばすなら一日かけて巡るのが目安となります。
基本情報
| 名称 | 松江城(まつえじょう)/別名:千鳥城 |
|---|---|
| 所在地 | 島根県松江市殿町一番地続六(住所表記:殿町1-5) |
| 天守の指定区分 | 国宝(平成二十七年〔2015〕七月八日指定/旧重要文化財・昭和十年五月十三日指定) |
| 城跡の指定区分 | 史跡(昭和九年〔1934〕五月一日指定、平成三・二十五・二十六年に追加指定) |
| 形式 | 亀田山に築かれた平山城/四重五階、地下一階付、附櫓一重/高さ約三十メートル |
| 屋根・外壁 | 本瓦葺、下見板張り |
| 築城者 | 堀尾吉晴・忠氏・忠晴(堀尾家三代) |
| 築造年 | 慶長十二年(1607)着工、慶長十六年(1611)完成 |
| 開館時間 | 天守:8:30–18:30(4–9月)/8:30–17:00(10–3月)。受付は閉門三十分前まで。年中無休 |
| 登閣料 | 大人800円、小・中学生400円(令和八年〔2026〕七月一日より改定予定。訪問前に公式サイトで確認のこと) |
| 所有 | 松江市 |
| アクセス | JR松江駅から「ぐるっと松江レイクライン」バスで約十分、「国宝松江城・県庁前」下車 |
参考文献
- 松江城天守 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195610
- 松江城(史跡)― 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2181
- 国宝 松江城 公式ホームページ
- https://www.matsue-castle.jp/
- 島根県:松江城天守の国宝指定について
- https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/event/kokuhou/
最終更新日: 2026.05.28