島根県民会館 ― 松江城と向かい合うモダニズム建築の傑作

国宝・松江城の大手門を望む堀端に、静かに、しかし確かな存在感をもって佇む一棟の建物があります。島根県民会館です。昭和43年(1968)に竣工したこの大規模ホール・会議施設は、戦後日本のモダニズム建築を代表する一作として高く評価され、日本建築学会賞を含む一連の設計プロジェクトの中核を担い、令和3年(2021)には国の登録有形文化財に登録されました。城下町松江を訪れる旅人にとって、この建物は江戸時代の風景と二十世紀の都市設計思想との対話を一望にできる、ほかにない場所なのです。

歴史的背景

島根県民会館は単体として生まれた建築ではありません。1958年から約12年にわたって推進された「島根県庁周辺整備計画」という壮大な都市ビジョンの中で、重要な役割を担うべく構想された建物です。この整備計画を主導したのは、第23代島根県知事・田部長右衛門氏でした。知事は当時の日本を代表する建築家を招き、県政の中枢となる地区を一体的に再編成しました。

島根が生んだ建築家

島根県邑智郡邑南町に生まれた建築家・安田臣氏(1911–1977)は、早稲田大学理工学部建築学科を昭和12年(1937)に卒業し、建設省営繕局で経験を積んだのち、1963年に東京・赤坂で安田臣建築設計事務所を開設した人物です。安田氏は島根県庁舎本庁舎と議事堂の設計を手がけ、その集大成ともいえる仕事が、この島根県民会館でした。建設は昭和41年(1966)11月に着工し、昭和43年(1968)9月に竣工しました。その後、菊竹清訓氏(1928–2011)による島根県立図書館や武道館も周辺に建てられ、日本有数のモダニズム建築群として松江の景観を形作ることになります。

日本建築学会賞の受賞

本庁舎、議事堂、県民会館、そして重森完途氏による庭園を含む全体計画は、1970年に「島根県庁舎及びその周辺整備計画」として日本建築学会賞(業績賞)を受賞しました。県民会館はその後、平成4年(1992)10月に改修工事が行われ、時代の要請に応じた設備更新がなされています。そして令和3年(2021)6月24日、兄弟建築群とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

登録有形文化財に指定された理由

国の登録有形文化財制度は、歴史的・芸術的・学術的価値を持ち、国の文化的景観に寄与する建造物を保護することを目的としています。島根県民会館は、いくつもの観点からこの評価に値する建築とされました。

城下町との調和

建物は松江城の大手前、つまり往時の正式な登城口に面する位置にあります。国内に12基しか残らない現存天守のひとつを望むこの場所において、建築は威圧的にふるまうのではなく、むしろ周囲の環境に心を配る姿勢を貫きました。中心に大ホールを据え、その周囲に低層の会議室や展示室を配することで、松江城側に向かって段階的に高さを抑える構成をとっています。堀を挟んで対岸に建つ県庁舎のピロティに呼応するように外部に列柱を並べ、水面越しの対話的な景観を生み出していることは、国の登録文化財の解説でも特筆されています。

モダニズム建築としての完成度

鉄筋コンクリート造に一部鉄骨造を加えた端正な構造、水平性を強調した外観、機能と形式を両立させた内部計画など、戦後日本の公共建築を代表する機能主義の設計思想が、余すところなく体現されています。ひとりの建築家の手による完成度の高い地方公共建築群は、現在となっては稀少な存在です。

今なお生きる文化の拠点

博物館のように保存を主目的とする文化財と異なり、県民会館は竣工当初の役割を今も現役で果たし続けています。音楽、演劇、映画など、島根県の文化芸術の中心施設として日々公演が行われており、建築そのものが地域の生活の一部として息づいている点もまた、保護すべき価値の一部と考えられています。

見どころ・魅力

堀越しの対話

県民会館を最もよく味わうには、堀を挟んで県庁舎との両方を視野に収める位置に立ってみることをおすすめします。対称的に配置された列柱、呼応する水平線、そして奥にそびえる松江城。これらが一体となって生まれる都市景観は、日本の現代建築においても稀なほど意識的にデザインされた風景です。朝夕の斜光があたる時間帯には、モダニズム建築特有のリズミカルな影が浮かび上がります。

浮かぶような3階部分

建物の特徴のひとつが、3階部分があたかも持ち上げられたかのように見える構造です。延床面積16,200㎡という大規模な施設でありながら、軽やかな印象を与えるのは、こうした造形の工夫によるところが大きいといえます。

大ホール

約1,537席を擁する大ホールは、島根県の文化芸術の中心であり、オーケストラ、バレエ、演劇、公的式典などが催されます。公演の機会があれば、昭和期に建てられ、平成の改修によって今日まで大切に使い継がれてきたホールの空気を体感することができます。

モダニズム建築群としてめぐる

徒歩圏内には、菊竹清訓氏による島根県立図書館や武道館、旧島根県立博物館新館(現・県庁第三分庁舎)といった、同じく登録有形文化財の建物が点在しています。全体を一巡すれば、戦後日本を代表する建築家たちの思想に浸る「モダニズム建築巡礼」の時間となります。

訪問者情報

島根県民会館は観光施設というより現役のホール施設です。そのため、公演観覧で訪れるか、建築鑑賞で訪れるかで体験の性格は変わります。

アクセス

施設は松江市中心部、松江城の南東に位置します。JR松江駅から一畑バス(美保関ターミナル行・松江しんじ湖温泉行・恵曇方面行など)で約10分、「県民会館前」バス停下車すぐです。観光用のぐるっと松江レイクラインバスも近くを経由し、JR松江駅から徒歩で向かう場合は、町並みを楽しみながら25〜30分ほどの道のりとなります。

開館時間と駐車場

基本的な開館時間は9:00〜22:00、休館日は第2・第4月曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始(12月29日〜1月3日)です。併設の有料駐車場は約130台収容で、県民会館ご利用の方は3時間までの割引サービスが提供されています。土日祝日には、近隣の島根県庁駐車場が一般開放されることもあります(催し等により利用できない場合があります)。

建築を鑑賞する

敷地を散策したり、外観を撮影したり、公共ロビーに立ち入る分には入場料はかかりません。建築鑑賞を目的とされる場合、外観とその周辺を20〜30分ほどで気持ちよく巡ることができます。堀にかかる橋の上からは、県民会館と県庁舎を一望できるクラシックな構図を収めることができます。

周辺情報

島根県民会館ほど一日の観光動線に組み込みやすい近現代の文化財は、全国的にも数えるほどです。

松江城

堀を挟んで目の前にそびえるのは、平成27年(2015)に国宝に指定された松江城天守。日本に12基のみ現存する天守のひとつです。17世紀の木造天守と20世紀のコンクリート建築を一度に望めるその光景は、日本建築の4世紀にわたる歩みを凝縮したかのようです。

塩見縄手

北に少し歩けば、「日本の道100選」にも選ばれた約500メートルの武家屋敷通り・塩見縄手があります。土塀、石畳、松並木が残り、江戸期の城下町の空気を今に伝えます。

小泉八雲記念館・旧居

塩見縄手沿いには、明治期に松江に暮らし、日本文化を西洋世界に紹介した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を偲ぶ記念館と、実際に暮らした旧居が残されています。

武家屋敷

八雲旧居に近接して、松江藩の中級武士の屋敷が当時の姿で保存されており、江戸時代の暮らしぶりを体感できます。英語の音声ガイドも利用可能です。

ぐるっと松江堀川めぐり

県民会館を映す堀は、松江を代表する観光船「ぐるっと松江堀川めぐり」の航路でもあります。およそ50分の船旅で、松江城を囲む水辺から城下町と近現代の文化財建築を同時に眺める稀有な体験ができます。

Q&A

Q公演を観覧しない場合でも、建物の内部を見学できますか?
A開館時間中は公共ロビーや周辺の敷地に立ち入ることができますが、ホール内部は原則として有料公演でのご利用となります。受付で建築に関する簡単なパンフレットをいただける場合もあります。
Qバリアフリー対応はされていますか?
A平成4年(1992)の改修により、段差のない入口、エレベーター、多目的トイレなどが整備されています。公演時の座席配慮などが必要な場合は、事前に会館へお問い合わせいただくとより安心です。
Q松江のほかのモダニズム建築とはどのような関係にありますか?
A県民会館は、松江市中心部を彩る七つのモダニズム建築群のひとつです。その多くは安田臣氏と菊竹清訓氏の設計によるもので、うち五つが国の登録有形文化財として保護されています。これほど集中的に残る近代公共建築の集合は、全国でも類例の少ないものです。
Q訪問に最適な季節は?
A堀端の桜が咲く春、そしてコンクリートの外観に穏やかな斜光が射す秋が特におすすめです。秋には松江水燈路の開催に合わせて、松江城周辺の建築群がライトアップされる夜の風景も印象的です。
Q撮影はできますか?
A外観の撮影は自由に行えます。内部については公演ごとにルールが異なりますので、スタッフの案内や掲示に従ってください。

基本情報

名称 島根県民会館(しまねけんみんかいかん)
所在地 〒690-0887 島根県松江市殿町158
指定 国の登録有形文化財(建造物) 登録年月日:令和3年(2021)6月24日
設計 安田臣(安田臣建築設計事務所)
着工・竣工 昭和41年(1966)11月着工/昭和43年(1968)9月竣工/平成4年(1992)10月改修
構造 鉄筋コンクリート造一部鉄骨造、地下1階・地上4階、塔屋付
敷地面積 約13,219㎡
延床面積 約16,200㎡
所有者 島根県
アクセス 一畑バス「県民会館前」下車徒歩約1分/JR松江駅から徒歩約25分
開館時間 9:00〜22:00(休館日:第2・第4月曜日、12月29日〜1月3日)

参考文献

島根県民会館|文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/519734
島根県民会館について|島根県民会館公式サイト
https://www.cul-shimane.jp/hall/about/
島根県民会館が登録有形文化財(建築物)に登録されました
https://www.cul-shimane.jp/hall/news/4037/
県庁周辺モダニズム建築群|島根県管財課
https://www.pref.shimane.lg.jp/kanzai/rekisi/tourokukinentenzi.html
モダニズム建築物の宝庫 しまね建築探検ツアー|しまね観光ナビ
https://www.kankou-shimane.com/pickup/9436.html
アクセス・駐車場|島根県民会館
https://www.cul-shimane.jp/hall/access/
安田臣|Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E7%94%B0%E8%87%A3
島根県民会館|Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C%E6%B0%91%E4%BC%9A%E9%A4%A8

最終更新日: 2026.04.21